お産の振り返り完結編

ほーらね、おんなじでしょ?長男と次男
長男、顔の変遷激しすぎ。
てことはつまり、次男も今の長男と同じ顔になるってことだムムム
どっちも男だし、あーおんなじもん2つ作っちゃったなーっと、ちょっと徒労感…。いや、いーんだけどさ汗
ま、男は愛嬌で人生渡ってくれたまへ。

足かけ3年ぶりにやっと、長男の時の「お産の振り返り」続編を書く気になりました。
いや、当時、書いてたんですけどね、アメーバのメンテナンスとやらでなぜか下書きが消去されてしまいパンチ!
おばちゃん、同じこと2度も、よー書きまへんパー
(万が一、過去記事にキョーミを持った方は、同じテーマ「妊娠・出産」記事リンクから登ってみて下さい〜。)

前回までのあらすじ。
優秀妊婦とタカをくくっていた十月十日、最後の最後で予定日過ぎても産気づかないという大どんでん返しに焦りまくった私は、臨月腹で自衛隊並の運動をしまくって無理矢理産気づかせ、しかし相当無理矢理だったので、陣痛が来て3日経っても肝心の子宮口が5センチ以上どうしても開かず、とうとう病院送りになってしまった、の巻。

助産院にてほとんど飲まず食わず眠れずで3日近く過ごした後、提携先の病院に入室しました。
憔悴しきってとうとう促進剤を入れられる私。ああもう、本当に残念なく
そんな私にね、入院の決まりなのは重々わかるんですけど、看護師さんが問診票持って「ピアスしてますか〜?マニキュアしてますか〜?」「お昼ご飯でーす」ってのは、本気で神経逆なでしましたね。←かなり気が立ってましたから。
もちろん看護師さんに罪はないんですけどっ。
この時他に出産する人はいなくて私だけ、しかも看護学生が実習に来てて、今日で実習終わりなんだけども、今まで出産に当たらなかったので見学させてもらえないか、と笑顔で言われる。
つか、この状況でそんな細かいこと、どーーーでもいいしっ!!
好きにしろーー!って本当に言ってしまった。
今思うと、いたいけな20代お嬢さん方に、吠えてごめんなさいガクリ
誰の声かけよりも腰のさすりよりも、あなた方看護学生さんがあおいでくれたうちわの風が一番気持ちよかったです。
で、勝手に会陰を切開され(あれってさ、陣痛の痛みとは種類の違う痛みなのな、あんなに陣痛で腹が痛いのに切られた瞬間「痛えっ!何すんだこのやろーむかっ」って思った。)、他に出産がなくて手持ち無沙汰な人たちが全員私のベッド周りに集まり、結構なギャラリーの中、勝手に感動されながら長男ご登場。
事前に助産師さんツテで出していた希望通り、直ぐにお腹に赤子を乗せてもらえました。
がっ!私と赤子の間にね、紙を挟むのよ。
ここでホルモン交換をして母乳分泌を促進したいのに、意味ねーじゃん!
感染防止だかなんだか知らないけど、人類はこうやって母子の間で菌を受け取りあいながら産まれてきたのにむかっ、と紙を捨てようとする私。←当然止められる。
せっかくお腹に乗せてもすぐに赤子を連れてって、やたら計測する。
「そんなん後でいい!」とか言ってしまう、出産ハイな私。
更には、何故かお腹の上にアイスノンを乗せられる。
子宮の収縮促進が目的らしいのだが、私に抱かれてアイスノンのすぐ上にいる赤子が、当然泣く。
「何で泣くのかしら?」とかトンマなこと言ってるから、「産まれてきて直ぐに、こんなに冷たきゃ泣きますよむかっ」と言ってアイスノンを撤去させる私。
「当然母子同室ですよね?」とかまあ色々言っていたら、どうやら「面倒な患者」と思われたらしく、「出血も少ないようですし、帰っていいですよ」と言われ、出産2時間後、そのまま赤子を抱いて自分の足でベッドを降りて、ダンナの運転する車に乗って助産院に帰って来てしまいました☆
入院もせず、陣痛室すら入らず、分娩台のみ汚しただけ。
直後なのに車椅子すら使わずで、ふつーにサクサク走る人、いや〜、ビリーに入隊したお陰で無駄な体力ついちゃってついちゃってもう。転んでもタダでは起きないよ、あたしゃグッド!

しかし今思うと、促進剤での陣痛って、キョーレツというか、ものすごいですね。
次男の時の自然な陣痛とは全く違ったと思う〜。
めっちゃイキんだし、確かにあれは「自然じゃない」わ。
「分娩予定日」を決めて促進剤で出す、って、医者の都合だけで無駄に痛い思いをする出産方法は、体験的にもどうしても支持できないなあ。

そんなこんなでしたけど、病院に不服があるわけでなく、ちゃんと感謝してるんですよ、これでも。(後日鳩サブレ持って行った〜ぼー)
病院が悪いんじゃなく、病院でしか産めなかった私が悪いんであって。
病院の方たちには、本当に一生懸命やってもらったと思っています。

医療の発達が、良くも悪くも、「本来の自然な形」から遠のかせてしまっている。
超音波が登場したのってまだ20年経つかどうかだと思うんですけど、あれによって厳密に正期産を決められてしまった。
出産にはもう、一日の猶予も与えられない。
その前は結構いい加減というか、自己申告な最終月経から計算する適当な「出産予定日」で、お姑さん曰くダンナ妹の出産の時は、2週間過ぎても産まれないんで、やっと促進剤使ったとか。
ダンナに至っては一ヶ月も早く産婆さんに引っ張り出された、って今でもお姑さんが言うんだけど、逆に、医者でもない町の産婆さんが、産気づいてもいないのに促進剤なしでどうやって赤子を腹から出したのか?真相が知りたい〜(・ω・)

こんなこと書いてるけど、私は「西洋医学全否定」というわけじゃないんです、これでも。
どんな分野でも、理論立ててきちんと自分の頭で考える人が好き。
目の前の事象を直視せず、思い込みや慣例のまま仕事をしている人が嫌いなだけ。
特に医療分野は人の命や人生に深く関わるだけに、私の中の無駄な反抗心に火がつきやすいんです(>_<)

この時お世話になったI病院の医長、この人がまさに理論派で、もちろんバリバリの西洋医学ですが、すごくちゃんと医療を考えている人です。
私の陣痛が来なかった時、「何故陣痛が来ないんでしょうね?」と聞いたら、「じゃあ、何故陣痛が来るのかを考えよう。」と言われました。

以下、医長(槇原敬之似)曰く。
出産は、赤ちゃん自身が産まれる日を決めるとかね、そんなくっだらない話じゃなくてね。
出産は実はネガティブなものなんだよ。
胎盤が古くなって妊娠を継続できなくなるから、出産になるんだ。
だから正期産を過ぎた何%かは羊水が濁ったり異常出産になったりする。
自然界で自然に出産が成功する確率は4分の1。
人間も自然界の生き物であって、人間だけがなんの苦労もなく安全に子供を産めると思ったら、それは思い上がりの大間違いだ。
その可能性をできるだけ上げて行くのが、我々医者の仕事。
だから、君のような高齢出産がいつまでも産まないのは、本当は怖くて仕方がないんだ。
でもね、君の意思もあるし、助産院長の気持ちもわかるしね。

こういうことを、面と向かってきちんと話してくれる人なんです。
「怖い」っていう人もいるけれど、私は、厳しくても実は患者に愛をもっている貴重なお医者様だと思います。
別の友達が、やっぱり陣痛が来なくて、「どうやったら陣痛が来ますか?」と聞いたら、「スクワットと、お祈りだね。」と答えて下さったらしい。
こういう人だからこそ、地域の助産院のサポートを買って出て下さっていたのだと思います。
ちなみに私の時は「どうやったら陣痛が来るのか」の問いに「スクワット」と言われるので、「先生、私、ビリーやってるんです。」と言ったら、「ビリーか!!」と絶句してくれましたwオイシイww
でも、実はこの医長はこの後脳梗塞をされてしまって、現場を離れられたので、それもあって私の今回の出産提携先病院は、別の病院を選んだのでした。
先生、誰よりもよく働いてて死ぬほど忙しかったからな〜(>_<)やっぱ人間、骨休みはしないと。
そういう方だから、以下同文。

今回の次男の出産は、予定日3日前に産まれて、3282グラム。
前回の長男の時は、散々遅れて正期産ギリギリにビリーで無理やり産気づかせて、3072グラム。
今回はまあ、妥当としてもね、長男はギリギリまで入っていたわりにはそれほど大きすぎるというわけでもなく。
長男の時はやっぱりゆっくり目に成長していたんじゃないかなあ。
やっぱり自然に任せてもうちょっと待っててもらえれば、自然に産めたんじゃないのかなあ。
と、今だに往生際の悪い私です(ー ー;)
ま、次男でリベンジできたから、ヨシとするか。
次男の時は極端に早く出て来て、長男のくそ長い出産と足して2で割ればちょうど良いのに、この極端さが私らしいっちゅやあ私らしいわなーパー
長男の出産で助産院で3日ほど頑張った時、助産師さん達も夜を徹してマッサージしてくださったり、テルミー(色んな薬草でできた棒を燃やして、それでマッサージする技法)かけてくださったり、もう迷惑かけっぱなしでウキャー!
長男の出産を終えて家に帰ったら、その時のパジャマがすごいテルミー臭で、テルミーの煙で燻製されておりました…汗
入室後8分で産まれた次男の出産といい、年齢といい、私ったらどっちの出産も、助産院で「伝説」になっております(>_<)
みなさん、こんな私のために一生懸命になって下さって、本当にありがとうございました〜354354

というわけで、以上、お産の振り返り完結編でした☆

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