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北風と太陽

長男幼稚園の保育参加。
すっかりそのつもりな次男でーす。


えええ、どうもお久しゅうございますです(*・ω・*)

私が日常をぼーっと過ごしている間に次男もすくすく育ち、なんと来月には2歳になります。びっくりです( °д°)

私も固形ミルクを与える姿がすっかり板についてまいりましたw

フードコートなんかで、隣のテーブルでマックを食べている親子に目を丸くされても、ドヤ顔で見返せるようになりましてん☆

おばさんは根性の入り方が違うよ?

外食なんかで椅子の上で大人しくしてると(すんません外食好きなんです(´Д` ))、子供好きな人が通りすがりに「大人しいねえ」と褒めてくれつつ食べてるものを見てドン引きするという、これも慣れたわー。

もう「ミルク食べる?」とかデカイ声で普通に言っちゃうんだよねー。せめて代替語を発明せねばな(;´Д`)

この悪しき習慣はじわじわと周りに広がっているようでw

これ、最初は食べない子もね、1歳半を過ぎると食べるようになったりするのね。

多分、「おやつ」が欲しくなるお年頃なんだろうな。

おにぎりでもせんべいでもない、甘い、それこそおっぱいの代わりになるもの。

甘いものはおっぱいを彷彿とさせる、精神安定剤の代わりみたいなものなんでしょう。

そこでいちごポッキーとか食べさせたくないなあ、なんて時に、この固形ミルクは大活躍!…なんて、メーカーの回し者ではありませーん。むしろ販促代請求してもいいんじゃないしらっ!

すっかり離乳食を始めるタイミングを逃してしまい、うーん、いつ始めようか、と悩み中。

「欲しがらないの?」とはよく聞かれますが。
欲しがらない、と言えばウソになります。

お兄ちゃんが美味しそうに食べてるんだもんね、そりゃ興味が沸かないわけがない。

でも、本当におなかがすいて欲しがっているわけではないので、ダメと言われれば割と簡単にあきらめる。

ここまで自制が効いていると、私が見ていないところでも食べません。

テーブル下に食べ物が落ちてても、それがどんな細かいせんべいのかけらとかでも、口に入れず拾って届けてくれます。お前どんだけ小姑だよって感じ。

次男なんで、一度解禁したらとどまるところを知らなそうで、この位規制しといた方があとあとラクかな、なんて黒い下心。

これでね、なんか不都合があればそろそろ始めよっかなって思うところなんだけど、今のところなんにも困ってないんですよね。

成長も遅過ぎず、早過ぎず(この早過ぎず、って重要)。

長男の時は、歩き始めてから途端に体重が増えず、ミルクもあまり飲まずおっぱいも不安だったので、1歳半から断行しましたが、今思えば、この子にはまだ早かったかなあと後悔したりしてるんです。無駄につらい思いさせたかな(TωT)

次男は、同時期の長男より1kg強体重も重く、身長も高い、密度が高いというか、がっしりしてるんですよね。なのに、長男の時よりウエストが細い!(同じ服を着せてるから分かるw)

筋肉質なんでしょうねえ
ミルクを摂取すればするほど中身が詰まっていく気がする。

でも、運動能力は長男のが上。この辺はハイハイ経験値の差だろうなあ。

次男ハイハイ時に犬を追いかけさせてやれなかったことを今更ながら後悔してます…。


さてさて、我が家の長男様も次年度から幼稚園の年長さんになります。

このブログももう5年近く続けていることにビックリこん( ̄□ ̄;)

ここをみてうちの幼稚園の入園を希望してくださったりする方も出てきたりして、ここまで腹の中身をぶっちゃけてんのにいざ顔バレしたら穴を掘って入りたくなるという〜(ノД`)<

その方は次男と同期になるようで、またまた今後が楽しみな展開です。


先日、われらの幼稚園も無事、卒園式を迎えました。

卒園児たちは、まっすぐに前を見て、自信にあふれてキラキラしています。

彼らを見て、とても大事なことに改めて気づかされました。

去年はね、私もひよっこだったので気づかなかったのだけど。(40超えのひよっこw)<

大事なこと、それは子供を、否定しない、ということ。

幼稚園も教育機関である以上、大なり小なり、「こうなってほしい、こうあるべきだ」という理想を持っています。

普通の幼稚園や英才系幼稚園だけでなく、宗教系なんかも特に強いのかな。

どんな形であれ、子供に理想形を持つ以上、「こうしないとこうなってしまうよ」というメッセージを子供に送ってしまう。

言葉は悪いけど、恫喝ですよね。

そうすると子供は萎縮してしまう、恫喝で人は決して育たないんですね。

長男の通う幼稚園では、「こうなってほしい」が一切ないんです。

もちろん、とても大きな意味での理想はあります、「自尊心の高い人間に育って欲しい」という。

自尊心の高い子供を育てるにはどうすればよいのか、という答えが、「否定しない保育」ということなのでしょう。

否定されないとね、不思議と子供は、その子の持つ良いところがぐんぐん伸びてくるんです。

「そのままで良いところがたくさんあるんだよ」というメッセージをたくさん受け取ることによって、自尊心が高まり、自信に満ち溢れ、他者への思いやりが生まれてくる。

本当の意味での「みんな違ってみんな良い」が実践されるんです。<

ありきたりのことのようですけど、これ、実践するのってものすごく難しいですよ。

子供に対して「否定しない」「理想を持たない」なんて、特に我々親が一番できないことじゃないですか。

私自身が生まれた時から評価しかない世界で生きてきたので、「評価」のない世界というものがどういうものか、わからなかった。

すごく他人の評価を気にして生きてきた気がするなあ。

評価のない世界では、他人の良いところを素直を認めることができる。

自分にも良いところがあり、他者にも良いところがある、認め合うことによって思いやりが生まれる。

自分に対しても他人に対しても、アラ探しをしなくてすむんだな。

評価に左右されることなく、自尊心を高く保ち自信にあふれた我が卒園児たちは、けがれたおばさんにはとてもまぶしく見えるのです。身内びいきでごめんね☆


話が飛ぶかもしれないですが(私の中では飛んでないw)、否定しない育児は、「体に不快のない育児」とも大いにつながっていると思ってます。(過去ブログ参照http://ameblo.jp/umetsubasa/entry-11514643052.html

体に不快が起きることは、体からの否定であり、前回触れたように人の心は腹にありますから、精神的に否定されるのと同じダメージがあると想像できます。

体が辛ければ、否定的感情は生まれるし、扱いにくい子供はそれだけで親や周りから負の感情を受けてしまう。
「どうしてこの子はこうなんだ」と言われれば、自尊心も高く保ちづらいですよね。

心身は一体、体と心は繋がっています。

現代の過度な清潔感も、否定感情のひとつ。汚い、臭い、と洗われまくって育つ子供は、存在自体を否定されるように感じるはずです。
考えてもみてくださいな、「汚い、臭い」は、イジメに最も広く使われる言葉ですがな。

そのくらい排他的な言葉を日常浴びせられる、そこには親から否定されることによる強烈な孤独感が生まれます

見えないものへの恐怖を煽られることは、他者への恐怖をも煽られることになる。
孤独と不信感を内包した、プライドだけ高い自己否定型現代人の出来上がり。
尊重し合うとはかけ離れた社会での弱肉強食、そりゃあ病むよね〜。

何だろう、バクテリアレベルでの排他が、人間関係の共生を不可能にしているように感じるのね。

自分は悪くない、悪いのは他人だ、みたいな。

病気は他人のウイルスだけが原因じゃなくて、自分の不摂生がほとんどなのにね。

人間を含む生物は、バクテリアの塊です。生物の中で常に菌は繁殖し、適度なバランスを保っています。

見えないものへの恐怖から最近はやたらどこでも何でもアルコール消毒してますが、むやみに特定の菌を排除すれば、均衡が崩れ逆に有難くない菌の勢力が増すばかりでしょう。

皮膚は腸の様子をそのまま体現しているので、皮膚の故意な菌アンバランスは、そのまま腸へのダメージに繋がってしまう。

例えば「花粉症」と言われる現代病は、腸内環境を良くすると快方に向かうという研究結果が出ています。

過度な清潔によって皮膚の菌バランスを失うことは、腸内環境も破壊することになるー、花粉症が清潔感を重要視する現代の先進国において激増しているのも、すごく合点のいく話ですね。(まあ、花粉症の原因はそれだけじゃないんですけども。悩んでいる方、首からの風の侵入を完全シャットしてみてください。喉が楽になりますよん。子供の腹巻なんかがおススメ☆)

今の幼稚園、保育園は、保護者的にまず「服が汚れること」自体があり得ないそうです。
クレームになっちゃう。

昔は野山を駆け巡ることをアピールポイントにしてた園も、様変わりしているそうです。

腸内環境に一番大事な幼少期に、もったいないよねえ(´Д` )

そこいくとうちの園は、保育の終わり頃にお尻が汚れてないと園長チェックが入るので、わざわざお尻だけ汚しにいく知能犯もいるそうな(-_-)
洗っても洗っても泥水の出てくる靴とかねー。
いいんですけど、アルカの靴とか履かせてた過去って何だったのかしらねーと。

「もりのようちえん」とか流行り出してるみたいだから、四角四面な社会への反動も出て来ているのかしらね。

余談だけど、最近靴は、柔らかい、素足の感覚に近いものの方がいいんじゃないかと思うようになりました。

長男がね、ここ1年ほどプーマのドライビングシューズを履いてるんだけど、硬い靴にすると途端に動きに制限が出るんですよ。

そこで頭をよぎったのが、地下足袋

とび職の人が地下足袋を履く理由ってもしやこれなのか?と。

歩き始めから3歳くらいまでは保護したり矯正したりという目的から、硬くて厚い革靴も良いのかもだけど。

うちの幼稚園でやってることなんて、よじ登ったり、よじ登ったり、とび職の人とそう変わらない気もするしな(-_-)

最近、靴は地下足袋、と思ってるです。


長男の通う幼稚園は、助産院に併設された園で、私も長男妊娠以来ここの助産院にべったりお世話になっています。

最近思うのが、産むところと育てるところが一緒なのって、こんなに無理がないものなのねえ、ということ

ちょっと前に、NHKでやってた「日本のママが危ない」的な特集が話題になりましたね。

曰く、人間は元々共同で子供を育て合う種族だということ。

人間は子供を共同で育て、もらい乳をすることによって、次々に子供を産み増やすことができた。

(チンパンジーは子供が育つまでの授乳期間5年は、他に子供を産めないらしいです)

だから今でも女性は、産後は強烈に孤独感を感じるホルモンが出て、群れろ、外へ出ろ、と本能から指令が来る。

そこで何かを求めフラフラと外へ出ても、受け皿がなくては群れることすらできない。

そんなホルモンを抱えたまま2DKの部屋に子供と二人きり、虐待やネグレクトが起きない方がおかしいわな。

人間は一人で子供を育ててはいけない生物なんです。

これ、ものすごい思い当たりがあって、あの時のあのものすごーい閉塞感はそれだったのかー!と。NHKもたまには良いことを言う。←上からw

産む前は私も「女性の社会進出」とか考えちゃう現代教育に毒されたオンナのひとり、読書大好きな自称一匹狼で、ママ友とかマジ勘弁、産んだら憧れの引きこもりじゃんとか思ってたけど、今やしょっちゅう我が家で餃子パーティするほど誰よりも群れてるし、もう部屋のカーテンが閉まってることすら無理だもんなw

あのままだったら私も虐待と紙一重だった自信120%だね。

でも幸運にも私には助産院というブレイクスルーできる場所があった。

価値観の近い友達同士ワイワイ群れながら共同で子供の面倒を見合うことで、ご飯も食べられるしトイレにも行けるし(ひとりだとこれすらできないんだよ)、子供同士もケンカしながら自然と社会性を身につけてくる。

これが姑と二世代保育とかだとまた亀裂がでてくるんだろうね。

あくまでも横のつながり、これが大事。母親同士川辺で洗濯してる的な。

そして私たちの何人かはそのまま縦にも繋がれる幼稚園へスライド。

子供達も知った顔同士無理なく馴染み、上は下の面倒を見、下は上に諭されながら、元気いっぱい野山を駆け回ってます

ほんの少し前まで当たり前だった、おおらかな時代、おおらかな社会。本能に沿った社会システムは、これほど無理がないものなんだなあと

そうだよね、生物の一番の存在目的は繁殖なんだから、子供を育てるのに特化した環境が一番都合が良いわけで。

産むところと育てるところが一緒な環境なんて今時そうそうないし、本当にたまたま私はここにいるだけなんだけど、これ、すごく良いビジネスモデルだと思うのねー。

もっと広まらないかしらね?
「保育園落ちた、日本死ね」とかお門違いな罵詈雑言吐かなくてすむしさ。

まあでも私も産む前の私のままだったら、もっと酷かったよね、このクチだしw

少なくとも、保育園を無理やり増設するよりは、ずっと少子化対策に貢献すると思うです。

だって、私の周りは子供3人なんてスタンダードだもんね。

問題の根幹はお金じゃないよ。
楽しくて、もうずっと子育てしていたい☆私ももうひとり欲しいけどね〜、さすがに…(^_^;)

自然に産んで、おおらかに、自然に逆らわないように育てる。

現代はお金をかけて近道しているつもりで、結局無駄に疲弊してしまっているし、かけたわりに思ったような結果は出せていないんですよね。

別に便利な生活を否定するわけじゃない、ただ、少しだけ足元を見て少しだけ本能に立ち返ると、すごくうまく回るんだなあということを実感しています。

女の人もね、恣意的なジェンダーとかに踊らされちゃった過去があるけど、女性の社会進出でなく、女性の「社会貢献」を考えたら、すごく自然で幸せになれると思うのね。

自身の利益追求を人生の目的にしない、子育てしながら、一段落してからでも、妊娠前のスキルを生かしたり新たにスキルを身につけたりして地域に貢献して、輝いている人をたくさん知っています。

本来学問やスキルは、このように社会をより良くするために使われるものなんだよね。

一定のアッパークラスを肥え太らせるためのものでなくてね。

これができるのは、子供を持つ女性ならではだと思うんですけどね。

というわけで、ざっくりテーマは「北風と太陽」でした。(性悪説性善説ともいう)<

どこが北風で、どこが太陽かわかるかな?なんちゃってw

とっちらかった文でごめんなちゃい。

また次回〜!