さよなら乳児、また来た幼児

次男一升餅につぶされるの図。

ママ友に名言と褒められたので、調子に乗って題名にしてみたざんす。

「さよなら乳児、また来た幼児」

早いもので、次男が1歳になりやした。
もう乳児が終わってしまうと思うと本気で悲しいです(T_T)
もう我が家には赤ちゃんは来ないからな〜。もっと一日を大事に過ごすんだったなあ、と反省してますが、反省しても結局これ以上はできない、自分のポテンシャルの問題でございます(´Д` )
赤ん坊を抱いてると、よく「懐かしい」と声をかけられましたが、その気持ちがすっごくわかる!
自分がそう声を掛けられる度に、少し誇らしい気持ちもあったんですよね。
とうとう懐かしい、と言う側に回ってしまったわー、くっすん。
人生最後、せめておっぱいは心ゆくまで頑張るのだ!

お兄ちゃんの完コピと言われる次男、一歳の報告です。

身長 71.8cm (→長男の時71.5cm これは誤差の範囲)
体重 9.2kg (→長男の時8.7kg これは誤差では説明できない )
母子手帳見たら、長男1歳半の時、体重8.9kg、2歳の時やっと9.5kg。
つまり、外側のスペックはほとんど同じなのに、体重だけ長男より+500g多く、ほぼ2歳くらいの体重なんですな。
なにこれ?何入ってんのこの人?骨密度??って感じ。
しかし、長男の時は体重でさんざっぱら苦労したので、今回は歩く前に勝負をかける!(歩き始めたら体重ってほんとーに増えないなく)、と、1歳目標9kgでしたので、まあまあ達成できて良かったでしたで賞合格

まだ、ギリギリ歩いてません。
長男は1歳3ヶ月で歩き始めたので、私の中では次男も1歳3ヶ月まで歩く予定はないパー
しかし、普通はつかまり立ちから手を離して歩き始めるもんだが、この人は何もないところでレッサーパンダのように立つので、結構驚く。
あれ?立ってない?目って言われますが、いやそれ蜃気楼だし!あーたが体を横にして見てるのよきっと!と見ないふりぶっちぎりです。
いっぱいハイハイして欲しいんだけど、今回は追いかける犬がいなかったというのと、お兄ちゃんをリスペクトしているのでどうしても上昇志向が強くて…(T_T)
長男の、あのゴキブリハイハイを思い出すと、やっぱりこいつは修行が足りないかなあと思ってしまう〜。
しかしね、身体は締まってるんですよ、この人。
筋肉量が多いというか固太りというか、赤ちゃん特有のぷにぷに感がなくて、触るとがしっ!という、おっさんくさい感触(´Д` )
身体も、スリムで長い印象なんです。
足の力もハンパなく強くて。
これはこれで、長男の時とどのような違った変遷をするのか、楽しみではあります。

ワクチンは、しないで1歳を迎えました。
乳児のワクチンは本来、1歳までの生存率を上げるためのもので、生涯免疫を狙ったものではありません。
だから1歳を超えると、さほど心配する必要はない、と薬いらないで有名な山田先生おっしゃる。
逆に、生涯免疫がつくわけではないから、「ワクチン打ってるから大丈夫〜」とタカをくくっていると、成人してから懐かしい伝染病にかかったりしてびっくりするんだな。
「周りが打っているから自分の子は打たなくても発症しないわ」ってのも間違い。
こういう間違った公衆衛生の観点から、ワクチン打たない=迷惑な人、みたいに噛み付く人達もいますが、ワクチン打たない人がばい菌の温床みたいな風潮も困りもの。
ワクチンは、NICUに入っているような「極端に抵抗力の低い」赤ちゃんには有効ですよね。
そうでない一般的な赤ちゃんは、感染しても重症化しないよう質の良いおっぱいでバリアを張って、生涯免疫のつく自然感染を狙う、これが一番じゃないかしら。
昔に比べて栄養面も衛生面もはるかに良くなっているのですし。
ジフテリアなんて、犬猫が人間に感染させないよう、毎年ワクチンされられているくらいですから。あれは犬猫のために打ってるものではないのだ、所詮畜生扱い。)
乳幼児期の自然感染の機会を奪ってしまうワクチンが実は一番、公衆衛生的にもやっかいな問題なんじゃないかと思います。
というわけで、相変わらず水疱瘡とおたふくジプシーやってますが、ワクチンが定期接種になったせいか最近ますます出会いの確率が下がってる気がするなく
こんな私でも、MRと破傷風はやっとこうかなと思ってますが、この重い腰はいつ上がるのやら…。

↓離乳食はしてないのに、「ミート・ザ・土壌菌」。とことん世間を舐めた画像ドクロ

二人目は、かなり高い確率で人生観最後だからベタベタに育てようと思っていたのに、いざフタを開けたら、床に放置率ハンパないです(>_<)
どうしてもお兄ちゃんが優先になってしまいますので、長男の時に比べてほとんど何もしてません。
知育どころか絵本すら読んでやってないよなあ(´・_・`)
おむつなしもぜーんぜんしてないし。
長男に比べて、圧倒的にコミュニケーションが足りないと思う(T_T)
おむつなしは、おむつはずれという結果というよりコミュニケーションの手段だったんだなあと今更ながら痛感です。
「して欲しくないこと」を伝える機会や時間が圧倒的に足りないんですよね。
だから、やりたいことをやってくれる。
そりゃそうだ、憧れのお兄ちゃんがやってるんだから、自分が同じようにできないなんてツユほどにも思ってない。
みんなが美味しそうに食べる姿もガン見してるから、食卓への執着率も高い。←長男は欲しいってグズられるのが面倒だからほとんど見せなかった。
そこいくと長男は異常に空気を読むので、言わなくてもオーラを出さなくても、やって欲しくないことはやらない子でしたね。
逆に、次男は一人でよく遊んでくれます。2時間とか、メンテフリー。
ほとんど付きっきりだった長男とはエライ違いです(>_<)
長男は100%私リスペクトだったけど、次男は70%私+30%お兄ちゃん、なのよね。
3割長男が背負ってくれる分、楽なのかも〜。

まあでも、基本的にいつもニコニコご機嫌であまり泣かず、人見知りも場所見知りもしないところはお兄ちゃんと同じです。
これはやっぱり西原っ子に共通する特徴なんですねえ。

今回は、乳のみで体重を増やすことに重点を置き、色々やってみた対策が結果につながりました。
ブラボー!餅とアズキ作戦!
長男1歳の時は、急に飲む量も増えて吸着率ハンパなく、一日中ずーーっと吸われてたと言っても過言ではなかったのですが、今回は一回に飲む時間もすごく短くて、まるで風呂上りの牛乳のように「ぷはあっ!!」と一気飲みして離れてくれますので、ラクです。
何より、私が座っててもおっぱいにならないので、立ってなくて良いパー←長男の時はすぐ捕らわれてしまうのでずっと立ってた(T_T)
それでこれだけ体重が違うんだから、量も濃さも全然違うんでしょう。

しかし、
他力本願な9kgは、重い!!!

世の中、上には上がいることは百も承知ですが、重いもんは重いのよなく
長男の時支援センターで出会った人は、お子さん生後6ヶ月ですでに10kg、ギックリ腰で動けなくなったと聞いてガクブルでした((((;゜Д゜)))))))
いやあ私もね、この重さを抱っこ紐に入れてボーリングなんかしちゃってリアルに背中を痛めたりしてね〜、アホ全開だよね〜。

赤子の体重を増やす、つまり乳を特濃にするには、母の血の濃さが重要になってきます。
今回私は、そこを東洋医学と漢方を続けることで補うことにしました。
一ヶ月ほど前、医者で、なんか最近めまいがしますと言ったら即採血になったんですが、その数値が、人生で最高に良かったんですわ。(Hb13.5って言ったらわかる人にはわかるのかしら?)
出産時結構な出血だったのにね。←ちなみに出された鉄剤は産前産後一貫して一切飲んでません。
これだけ乳出しててこの数値は優秀な方なんじゃないかしら。
そうなるとあのめまいは何だったんだという話だけど(^_^;)

前回、3日に1回はおっぱいマッサージに通うほど詰まってたおっぱいトラブルも、今回は全くナシ。
長男の時はオケタニ式を参考に、菜食中心の肉魚をなるべく摂らないストイックな食事で、ずいぶん気をつけていたのに、トラブルだらけ。
次男の今ははかな〜りユルくいろんなものを食べているにも関わらず、ほとんど手を入れずに済んでるの。

色々食べているけど、前回と違うのは、東洋医学・漢方の常用と、砂糖を極力摂らないという点だけ。
ポテンシャル的には加齢による体力の低下の恐れ(一般常識では)で、逆にリスクは高いはずなんですけどね。(冷たいモノを一切摂らないという点は変わってないです。)
つまり、オケタニの常識も、少なくとも私には、合うものではなかった、ということですわ。

誤解されやすいのですが、私はいたって「ミルク礼賛派」です。
ミルクくらいの「乳の濃さ」を自分が出せなければ、ミルクに頼るべきだと思ってます。
そんな私でも、次男生後5ヶ月の時にミルクトレーニングを始めようとしたときは、震えたのよね。
なんだろうね、この母乳に対する執着ってのは。
毎日がんばってるのに、今でもミルクは、飲んで20ccですなく
でもついこの間私がえらい体調を崩したときは、おっぱい飲んでも飲んでも不満気味で、ミルクをあげたら70ccという記録を作ってくれた。
ああやってて良かったミルクトレーニング(>_<)
次男は1歳前後になったからといって、すごく乳の要求が増えて私がフラフラになる、という幅が少ないように感じます。
この先どう転ぶかは神のみぞ知る領域なんでしょうけど、うまく乳に不満を感じないように離乳食に移行できたらいいなあ。
最近、食べるマネは一生懸命してくれるよ(´・ω・`)

思えば、このブログを始めたのは、長男が1歳を迎えた時。
4年も続けてきたんですよ〜!
すげえ、日記なんて三日坊主どころか一日で終わってた性格なのに!(そんなオサレ日記帳が何冊も残ってます…(>_<))
これを続けてこられたのは、何より私の育児にとってすごく有益だったからです。
ほら、読書でもなんでも、感想を文字にするとすごく頭の中が整理されるじゃないですか。
本の内容や日々感じたこと、ネットの聞きかじりなんかも、満然と流さないで文字にすることで、方向性もはっきりするし、理論的に考えやすかったんですよね。←それでなくてもぼーっとしててすぐお花畑の向こうに飛んでっちゃうから(´Д` )

私にとって、二人目の育児は、わりと意味が深かったです。
私は一貫して「西原育児の実践と検証」をしています。
実践してみて、良かったところ、正しいと感じたところ、逆に足りなかったと感じたところはどう補えば良いか、私なりに考えて反映させてきました。
特に、ブログに頂いたコメントが、非常に参考になりました。
その中で、理論と現実と、その間を「埋める」必要をものすごく感じました。
何でもダメ、ダメ、ではね、じゃあどうすれば良いんだというところでみんな立ち往生しちゃう。
あんたのこんなところがダメなんだと言われても、子供を目の前にして、今すぐこれを何とかしないといけないという必要に対峙している。
産んじゃったんだから。
そして、母なんだから、子供には一番最高なことをしてやりたい、みんな同じ気持ちです。
世間は親ばかり責めるけど、誰も手なんて抜いてないんです。
そして、悩んでいる。
上から目線で、言うだけは簡単なのよね、本当。
私は実践を通して、正直なところを色々ぼやいてきたつもりですが、私のような無資格者が何を言っても説得力はないですよね。

しかし、どんな理論であれ、それを「生業」にしている人は立場上どうしても、違う理論とは相入れない形を取らざるを得ない。
そこいくと私なんかは何の責任もない完全なる「イチ一般人」ですから、こういう一般人がどうだったかという情報は、みんなが欲しい情報のはずで、それを提供できたという点では意味があったと思ってます。

育児というのは、現実に「金を稼がない」という点で、自分も周りも「ボランティア」だと勘違いしやすいんだと思うんです。
人一人育てる、これほど大事で重責な仕事はないのにね。
でもね、アウトソーシングしてごらん?24時間365日、他人の子供なんて、時給5000円でも誰もやらないよ。
ボランティアだと思うから、無力感も漂うし、仕事として評価されやすい現実の仕事に逃げたくもなる。
育児が、課せられた苦行になっちゃう。
育児も、プロだと思えばいいと思うの。
私は、育児のプロ。
子供は、私の作品。(言葉は悪いけど)
そう思えば、達成感もあるし、良い作品を作るのにどのように考えて、行動すればよいか、ブレないんじゃないかしら。
産んだ以上は一生に一度の大仕事と思って、悔いのないようにやりたいと思うです。
私なんぞは、授乳終わったら廃人予定ですから。
それでいいと思うんだな。
そして子供が自立したら、お役目終わり。
やり切れば、執着もないはず。
あとは犬か鳥でも愛でて暮らすべや。

しっぽりしたところで、また自戒、じゃない次回〜パー(←本当にこう変換しやがった)