うちの次男が素晴らしいと思う件その3
先月、長男がめでたく10歳になりました。
10年!
ひり出して10年ってか!早いようなそうでもないような~
この数字ケーキは彼が1歳の誕生日から毎年続けて作っております。
今年から2ケタということでどないしようと頭抱えておりましたが、スフレパンケーキのレシピを友達に教えてもらい、この生地を1と0の型を作って流し込めば2ケタも楽勝!と言うは易し、そんなに簡単にできていれば今頃ククパにそんなレシピがあふれているはずでw
味は美味しくて大好評!本当は3倍高さがあったはずとかわざわざ言わなきゃわかりゃしないさ。
しかしこれいつまで作るのかしら私ったら。「15」とかでギブアップかなあ?
コロコロコロコロ騒がしいご時世、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。
やれマスクをするだのしないだの、世界保健機構とかいう団体すらコロコロ態度を変えてますからね、我々下々のものが安定した対応できるわけはないですな。
学校も幼稚園も始まりましたが、学校の方の行事関係はもれなくストップ。
次男の通う幼稚園は、「行事は子どもを育てる大きなタイミング」と捉えているのでなんとかどうにかどうしてもやりたくて園長必死w
プールも入る。プールバッグを持って登園する次男を恨めしそうに見つめる長男。ほんと子どもって水が好きだよなあ~。←ちゃんとウエットスーツを着せてます♡ハイシーズンならともかく梅雨時の入水はチビにはきつい。
例年ならこの時期の年長さんはとっくに合宿へ行っている。
うちの園の合宿は「おとまり保育」なんてふわっとしたもんじゃなく、5歳児が2泊3日で御岳山という山へ登って山小屋に泊まるという、ガチな合宿。
今まで母と離れて寝たことすらないという園児も多く、おねしょの問題やら体力の問題やら親と離れた不安と寂しさやら集団とのかかわりやら全てを乗り越えるために母も子も向き合い、先生たちもひとりひとりの能力と超えるところをカスタマイズし子に「合宿行って楽しかった!」という思い出を生涯に刻むことに総勢でコミットするという、多分ちょっと普通では想像できないナナメ上な年中行事。
どのくらいカスタマイズするかというと、子どもによっては「この子に2泊は無理です」宣言を下され独自メニューを提案されるとか、一人でお風呂に入れない子には家族が近くの山小屋で待機してお風呂だけ家族と入ってまた合宿に戻るとか、前後の懇談会は暑苦しいくらい子育ての悩みをぶちまける涙涙の吐露合戦になったりなんかもうそりゃ私もこの園は初めてで初体験なので、何がどうでどの辺をどうすればよいのかも全くわからないですw
特にうちの子は、生活全般身の回りはとっくに自立してますしね、お泊りもなんなら3歳くらいの頃からばあばの家へしょっちゅうピンで泊まりに行っていますし、どの辺をどう心配してどういう力をつけさせることにコミットすればよいのか、みんなの涙の中でわりと宙に浮くっていう…←共感力の欠乏w
そんな園生活きっての一大イベントが、今年はできるかどうかの危機にあり。
今のところ2学期に日帰りで、の予定ではありますが、それもどうなるかわからないので、「合宿に行かなくてもつけさせたい力をつければよい」というますます私が困る展開になりつつあります( ノД`)
年長になると、グループ活動に「リーダー決め」という課題が入ってきます。
わけもわからず最初は結構な数の園児がリーダーに立候補するんですが、リーダーとは何をするのか?そもそもリーダーとは何ぞやと聞くと、「…背の高い人?」とか「走るの速い人?」とかなかなかほほえましい回答が返ってくるw
仲間で話し合っていくうちに、なんで自分がリーダーにふさわしいと思うのか、なんでこの人にリーダーをやってもらおうと思うのか、というディスカッションと通して子どもたちはコミュニケーション能力を磨いていきます。
何度か触れてますが、アクションがデーハーな母親(=私w)とは真逆なうちの次男様は、宇宙レベルにマイペースで地味な人。
わちゃっとした雰囲気も好きではないので、お部屋の片隅に専用のイス机を置いてもらい、そこで好きな迷路や折り紙なんかをしながらみんなの話し合いに耳だけダンボで参加しているそうです。
リーダー決め話し合いがあった時はもう、最初から全拒否で、話し合いにも参加したくない、リーダーはやりたくない、誰がリーダーになっても文句は言わない、と取り付く島もない。
「なんで嫌なの?」と聞いても、「どっちでもいい」とか意味不明な回答しか得られず、母は表面は平静を装っても脳内で息子の胸ぐらつかんで奥歯ガタガタの刑に処す。
しかし、幼稚園のおまつりに出店するおもちゃを作るリーダーを決めるときはなんと、「作るの好きだからリーダーになりたい」と立候補し、「ゆーりくんは作るの上手だからリーダーがいい」と周りも推してくれて、リーダーになったそうです。
いやあこの人は幼稚園にいる間はやらんだろうなあ、と思っていたので意外な急展開。
担任の先生に「私なんか変な圧かけましたかね?」となきついてみたら、「ゆーりくんは誰かに言われて動くような子じゃないですから」と明答されるw
そう、本当にやりたくないことはやらないし、興味がないことは本当に動かない。でもそれが興味があることであれば、やる。全くもって心配のしがいがないのですw
体調の上がり下がりも感情の起伏もほとんどなく、今の現状を等身大で、ただ自分に正直に生きている。
「幼稚園で好きなお友達は?」と聞いても、
「わからない」
「苦手な友達は?」
「わからない」
…………
「そうか!やっとわかった!好きとか嫌いとか、ないんだね君は?!」
「そうだよ、そうなんだよ!」
樹 木 み た い な や つ だ な お ま え 。
来るもの拒まず去る者追わず、なんでこれほどこの人はたたずんでいられるのだろうか。
自信とは、自己肯定感とは何ぞや。低い日本人にはわりと課題な人が多い。もちろんそこを上げることも園の活動の大きな狙いのひとつです。
コロナで延びたけど、年長イッパツ目の大事な行事に、「こいのぼり作り」というものがあります。
大きなこいのぼりをクラスの園児で共同制作するのですが、そこはまだ5歳児同士なので簡単にはいかず、ああしたいこうしたい誰々はああいったこうやったなど様々なドラマを生み出しながらひとつのこいのぼりを作り上げていく。
これも制作を通して園児同士の関係性を築く狙いがあるのですが、もう一つ重要なことは、「作るのは『みんなの』こいのぼりである」ということと、「みんなのこいのぼりを作るには年少年中で自分のこいのぼりを作れていることが必要である」ということ。
自分のものを集中して作った経験があるから、全体のものを作ることができる。
みんなのものなんだけど自分のものでもある、という気持ちが大事なんだそうです。
そうやって自分の属する集団を信用し、本音を言い合う練習をしながら自分のありのままをさらけ出し安心できる仲間集団の中で、上下関係ではない対等な関係を築いていく。
みんなで作るこいのぼりの中の、自分で描いて自分で塗った色に自信を持つためには、その前に自分の作りたいこいのぼりををとことん作っておく必要があるのです。
ワンネス、ですよね。勝ち負けじゃない、お互いに認め合い調和のとれた世界を築く。
ワンネスとは、アリの集合意識みたいなもので、ひとつひとつの個体が意識を持ちながらも全体で大きな何かを成し遂げていくことです。
めっちゃマウンティングする俺様なアリばっかりだったら、その集団は到底巣には帰れませんw
人と比べて勝ったの負けたの、人を否定したり自分を否定したりして競争していくことは、いずれ疲弊して心か体がポッキリ折れてしまいます。
自分を信用し、他者を信用し、自分の属する集団を信用して安心できるからこそ、大きな何かを成し遂げることができる。これが争いのない平和な世界を創るカギですよね。
なんかこう、偏差値教育の競争世代には耳が痛い話じゃありません?w
お友達の息子さんが魚とりが上手で、大学生の今でも週3以上水に潜ってひたすら魚とりをしながら、自分の人生でやりたいことは何か、模索しているそうです。
とうとう見つかったらしいですが、したいことをとことんやった彼は自信にあふれ、教えてもいないのに宇宙の真理を語り始めた。悟りってやつだそれ。
こんな風に生涯自分のやりたいことととことん向き合えるって、素晴らしいことじゃないですか。
子の将来を心配し「ああしなければこうなる、こうしておかないとああなってしまう」と抑圧するのでなく、ただしたいことを徹底してやることを見守るだけの親であれば、どんなに子どもの人生は楽しく光り輝くのでしょう。
自分が自信にあふれれば、当然他者をも認めることができ、マウンティングの必要もない。
こんな人がたくさん増えれば、地球に大きくてステキなこいのぼりが創られますね。
長男の幼稚園も、規模や形態は違えどマインドは似た感じのところでした。
毎日いろんな公園で遊ぶだけの幼稚園で、知育もお遊戯も何もなく、ただ徹底して遊んだ3年間でした。
その長男が10歳になって今どうかというと、彼も自分や他者を否定しません。私の子なのにw
彼はたまたま勉強が好きな子なので、学校は全部楽しいし、宿題もいつの間にか勝手に終わらせているので母はますます母の仕事が楽でありがたいです。
別にたまたま好きなだけなので、これが学校の勉強が嫌いでやらなくても、代わりに好きなことができれいればいいと、私は思います。次に控えている次男がどう転ぶかもわかんないしさ。
そして特筆すべきは、そういう肯定感は、クラスをも全部上げてしまうのです。
人数は少なくても問題がないわけではないクラスですが、いじめのようなことは一切発生しません。クラスメイトが学校へ行きたくないと保健室登校になっていても、みんなで付かず離れず待っててくれる。お互いにまるっと認め合っているんですね。
さらに歴代の担任の先生は全て「アタリ」を引いてくる。
波動が高いというか、良いクラスなんですよ本当に。ありがたや~~
自己肯定感というのは、身体が不快でも下がったりします。心身は一体ですからね。
おっぱいやミルクでできるだけ育て少なくとも1歳半までは離乳食を与えず子どもの体に徹底して不快を与えない、と言うのが私がやっている西原式育児でありますが。
やはり、「立ち返るところがある」というのは、逆境に強いよなあと感じます。
先日、子どもらと「おっぱい談義」になりまして、おっぱいはどんな味だったか?に、元おっぱい星人の長男は、とにかくとにかく美味しかった、と。ミルクは甘いしおっぱいも甘いけど、おっぱいはちょうどよい甘さというか、とにかく美味しかった、とアツく語られました。さてはおぬしまだ未練があるな?w
でもね、10歳になってもここまでおっぱいの味を詳細に表現できるって、幸せなことじゃないですか?
もう10歳になって色んな、こんなイチゴだらけのスフレケーキとか世間的に「美味しい」と言われるものを食べてきていても(野菜以外…)、今までで一番美味しかったのはおっぱいだったと、これ40のおっさんになっても覚えていたらすごいことじゃありません?
そんなおっさんになってもおっぱいの幸福感を持っていられるって、大きなギフトだと思うんです。だいたいおっぱいが足りないから不足感に苛まれるわけだから。
これからの人生、色んな荒波も襲ってくるでしょうけども、潜在意識でそんな満ち足りた幸せ感があってさらに記憶に残っているとしたら、人生に絶望することなく乗り越えていけそう。
それでただ楽しいことだけをやれる人生だったら、最高ですよね。
この星に生まれてきた目的を全うできそうな気がします。
好きや嫌いすらない、樹木な次男はさらにその上を行きそうですがw
徹底してやりたいことしかやらないこの人がどう頭角を現してくるか見当もつきませんが、ただ信じて見守れる親でありたいと、今は決意できる…かな?(´Д`)
とりま合宿でつけさせたい力を考えねば~
次男に関しては、「その人が信じるに足る人物かどうか観察する癖がある」と言われたことがあります。
時間がかかっても、この世はステキなことで満ち溢れていて、ありのままでただ楽しいことをやるだけの信頼できるところであることがわかれば、飛び跳ねる樹木になれるんだろうな。
それも最強じゃん(゚д゚)
☆むしろ台所×そえる堂謹製・有料育児オンラインサロン「アンテナ」
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☆おしげさんは現在・足ツボ屋さんですw