0歳にお勧めの絵本は?と聞かれたら

息子2歳5ヶ月。
今振り返って、「0歳〜1歳期にお勧めの絵本は?」と聞かれたら、

つぅ〜な話 西原式育児の実践と検証

これかな。
「おんなじおんなじ」
多田ヒロシ著。

「絵本をなるべくたくさん読んであげる」
なんか、賢い子を育てる世の常識みたいなもんなんでしょうが。
そりゃあ読んで差し上げたいのは山々ですけど、当時絵本の選び方なんて全くわからなかった私。
3,4ヶ月児検診で、市から「ブックスタート」として、「じゃあじゃあびりびり」の本を頂きましたが、「いぬわんわんわん」とか「そうじきぶいーん」とか、人生40年、反応の薄い乳児に対しそこまで「子供の目線に立って」というのは、自分の子のためとはいえ正直ツラく…。
いや、今でもニガテですわ。
いちおーデザイン関係の仕事なんで、絵やタッチの参考としての絵本は大好きなんですが、私の好み=子供の食いつきの良さ、ではないわけで。

というわけで、例に漏れず、「家庭保育園」の絵本ラインナップを参考に、何冊かアマゾンさんにお世話になりました。
アマゾンさん、ということは、当たるも八卦、当たらぬも八卦、中身を全く見ないでテキトーに買った、ということですね、はい。今思うと怖いパー
でもそこはさすが「家庭保育園」、どれもかなりよい絵本だった、と思います。
買ったときは、「へえ、こんなんがいいの?」って感じだったんだけど。

その中で、今、うちの息子に多大な影響を与えていると思うのが、この絵本なんです。

絵はね、正直好みじゃないです。
筆ペンで大雑把に描かれた主線(ワザとそういうタッチで描いていらっしゃるのは百も承知ですがっ)、鮮やかとはいえない色彩、だからなんだというストーリー…。(すいません…汗
ぶうとぴょんが服や靴のおんなじところを言い合う、ていう内容で、もちろん絵本は大好きな息子ですが、他の本に比べて特別コレが好き!という訳でもなく。

ところが、1歳半ころだったかな。
「自我」が出てきて(結構強いほうですドクロ)、よその子やお店のオモチャなど、「おちゅーのっむかっ(俺のだから持って帰る!)」ってなり始めた頃。
ふと、「おつーのじゃないよ、おんなじおんなじ、だよ。」と、「同じ」のベビーサインを交えて言ってみたんです。
それが、本人的にものすごーく「腑に落ちた」らしく、「俺のもの」ではなく、「俺のと同じなんだ」と突然理解したんですね。
家に帰って早速この本を開き、「おんなじおんなじだよ!」と。
強い自我の要求に対する対処がとてもラクになった瞬間でした。
それ以来、見たことあるものを見つけては、「おんなじおんなじだよ」とベビーサイン付きで報告するのがブームになった息子。
「おんなじだ〜!」と言うときは、何故かリキが入って、クレヨンしんちゃんの声で叫ぶ汗

「同じ」が分かる、ということは、「違う」も分かるということで、「似ている」ということ分かるということで、似ていることへの表現力にもつながる。
同じが分かる、ということは、記憶をたどらないといけないわけだから、記憶もクリアーになるというわけです。
ウチの息子は、形に対する認識がとても早い方だと思います。
(その分色はどうでもいいヤツだが汗
きっかけは多分、この絵本。
さらには、ひとつ以上の数の認識ができた、ということ。
子供は毎日をガチで生きてますから、すべてが一期一会、そこに「こだわる」のも、今生の別れのように思っちゃうから、だと思うんですよね。
それが、ひとつじゃないんだよ、広く世界を見ようよ、ということが分かるようになると、自己主張も緩んでくるんではないかと思います。

教えられてできるのは当たり前。
自分で発見するからこそ、深く身につくんですよね。
「同じが分かる」ということは、自分で発見するきっかけを作れる、ということでもあるのではないかと思います。
ひとつの絵本が、結構考え方にまで影響をあたえるんだなあ、と。
早期教育にさほど肯定的ではない私ですが、絵本が与える力はすごいなあと思います。

今でもこの本は好きで時々戻っていきますが、あの頃とはまた違った切り口で見ているみたい。
やっぱり効果のある時期、というのはあるんではないかと。

そんなわけで、0歳〜1歳、お勧めします。
情操方面の効果はよくわからないですけど。
つか、私が情操を全然理解してないでーすパー


最近買って、喜んでみているのがこの絵本。

つぅ〜な話 西原式育児の実践と検証
「おふろだいすき」
松岡享子著。

自宅のお風呂に、ペンギンやらカバやらくじらやらが湧いて出るというありえない展開w
ウチの息子お風呂好きだし、カバの首の後ろのシワの間って、めちゃくちゃ洗いてえ〜!と私が思っちゃって、ご購入。
主人公の男の子が、なんかうちの息子に似てるんですよね。
体のバランスとか、お尻のカタチとか。
で、つい、
「この子、おつーに似てるんだよ。…ちんこまで似てるわ。」
とつぶやいちゃって、それからもう、
「おつーのちんことおんなじおんなじ〜!」とクレヨンしんちゃんばりの連呼が…。
ああ、また私は余計なコトを…354354

息子語録

つぅ〜な話 西原式育児の実践と検証
最初は、普通にマイク持ってカラオケだったんですよ。
突然、「あれ!」と言い出し、自分でマイクスタンドを引きずってきてマイクをセットし、再度歌いだした(多少手伝ったけど)。
誰の真似なんだかめっちゃポーズとか取ってんの。歌は「おうまのおやこ」なんだけどさw
ほとんどテレビも観せてないのに、何でこいつマイクスタンドなんて知ってるんだろう?
と、ミクシィでつぶやいたら、「AKBでは?」というご指摘が。
確かにiPhoneYouTubeでPV観てたな。私は1ミリも知らんのだけど、AKBさんはマイクスタンドを使ってたんだね。
マイケルジャクソンの真似かと思ったけど、マイケルは踊るからピンマイクだもんね、考えてみれば…。

いやあ、2歳って楽しいきらきら!!
おかげさまで毎日育児が楽しくて仕方ないですドキドキ
この瞬間のために今まで苦労してきたのよっ、って感じ〜。
毎日毎日やれることが増えてるし、言葉もどんどん増えて、毎日なにかしらカマしてくれるw
本人いたって真剣なだけに、抱腹絶倒この上ないです。
よく「2歳の過ごし方が一番大事」と言いますが、こういうことなのかしらん?

この言葉出始めの、憎たらしい口をきく前の面白さを少しでも書き留めておこうかな、と。
ボロボロミクシィでぼやいてるし、冷蔵庫に貼るメモくらい私的なものではございますが〜。

先に言っとくと、下品ですドクロ


・こっ恥ずかしくて自分の子供を名前で呼べず、「ちゃん」づけですら呼べず、適当に「つー」とか「おつー」とか呼んでいたら、息子が自分のことを「おちゅー」というようになってしまった。

・「おーっぱいん♪」と歌いながら踊る。

・「おっぱい飲んどくわ〜(語尾下右下矢印)」と言って馬乗りになってくる。いや、結構ですからパー

モスバーガーのキャラクター「もっさん」は、「鬼」らしい。それ以来、ハンバーガーは「鬼」。つか、キャラクターでコドモ怖がらせてどうすんだ、モスバーガーw。

・「おくすり」のことを「おすくり」、「自分で」のことを「じじんぶー」と言う。そしてそれは長いこと直らない。真似ると変な顔するから、本人いたって正しい発音のつもりらしい。「じじんぶー」は実に解読困難だったなー。使用例:「じじんぶーだよ〜」

・何故かいつもゴキゲンで鼻歌を歌っている息子。ハモると時々、「おつーが、ひとりでうたうからね?」とたしなめられる。いいじゃん、別に…。

・ちょっと「イキ」な帽子(ハット)をミキハウスで手に入れる。ナナメにかぶせたらなんか沢田研二っぽくて、「♪かべぎわに〜寝返りうって〜♪、きゃージュリーかっこいーラブラブ」とさんざん遊ぶ(昭和でゴメンナサイ汗)。そんなことはすっかり忘れて数ヵ月後、何気に「かべぎわに〜」と私が鼻歌を歌ったら、自分で例の帽子を探してきてかぶっていた。

・柴犬がいたの。息子がお尻を指差して「これなに?」と聞くから、「お尻だよ」と答えたら、「穴ーっ!!」と叫んだ。そりゃあ、お尻の穴丸出し犬ですけどね?なにも見知らぬ飼い主さんの前でアンタ…。
それ以来、「ワンワンのお尻は?」「穴ーっ!!」という親子漫才が持ちネタ化する。
ちなみに、「おつーのお尻は?」と聞くと、「ちんこだよ」と答える。

・転んで泣きながら、「自爆だよ〜!」と言う。転んでも「自爆だ、自爆」と言って拾わなかった私の責任と思われ。

・転んでアタマを机にぶつけて大泣き。そりゃー痛いわ、と抱っこしてよしよししてたら、しばらくして、「泣きながら笑っているよ」と言うので、見たら、本当に泣きながら笑っていた。

・毎日毎日トミカやらプラレールやら買ってくるダンナむかっ胸ポケットに電車さして帰ってきて、子供も「おかえり」より先に「電車ーっ!!」だし。トンネルなどのサブキャラを買ってくると、箱に電車の絵がついているにも関わらず箱から電車が出てこないのがご不満らしく、空箱を持ってきて電車を指差し、「あのね、これがないのね」「おつーは、これがほしいのね」「これを買うのね」と、毎日攻め続けられるダンナ。

・観覧車に初めて乗って大はしゃぎ。「飛行機みたい」とか「雲が近い」とか、ウチの息子にしてはメルヘンはことを言うが、かえって気持ちが悪い。というか乗ったことない息子が不憫…。

・100円でゆっくり3回周る子供向けのヘリコプター型乗り物。乗せてやったら、1周したところで息子、「もうちょっと、まわるからね」と言い、あと2回周っていた。

・パトカーと白バイを発見したら報告するよう教育中。早速白バイを見つけると、「お金取るのね」と、息子。良く知ってんなオマエ。そのうち覆面も見極められるよう仕込んでやる。

・ちょっと本気で運転するとすぐ、「ハナちゃん(我が家の車の愛称)、はやいねー。」と言う。悪かったな。

・息子のケガで病院へ。予約時間が迫ってて、子供抱きながら焦って車を離れたら、「駐車券は?」、…はいすいません、わすれましたっ。しかも帰りに駐車場への道を見失って、「こっちだよ」と誘導され、…いろんな意味でコドモに負けたようで悔しい。

・ハロウィンでバズのコスプレ。人気キャラなので、ちょっとしたヒーロー状態になり、本人ご満悦。帰りに車の中でおにぎりを食べさせようと、「こぼさないでね、バスが汚れるからね」と言ったら、「バスが汚れるから」と言って、食べない。その後洗濯したバズ衣装を袋に入れ、ダンナが「着る?」と聞いても「バズが汚れるから着ない」。よっぽど気に入ったらしい。またいつか着せないとなー。

・おねしょ。「あーあ、やっちゃったねー」と言いながら始末している間中ギャン泣き。「なに怒ってるの」と言ったら、「怒ってないよー!」と泣きながら、激しく「ごめんなさい」のベビーサインをしていた。

・息子にご飯を食べさせている時、私がブッDASH!とオナラをしたら、息子が「おちゅーの番!」と言って、お尻を上げてブッDASH!とやった。まあ、先に私がやったんですけどね?しかも食事中…。

・お風呂に入っている時、風呂イスの座面に空いている穴に、何でか一生懸命引っ張ったりしながら自分のおちんちんを入れている。「…なにしてるの?」と聞いたら、「おつーは、穴に入れてるだから。」とのたまった。…本能か?

・この面白さをどう伝えたらいいか…。私がトイレでハンディタイプのビデを使っていたら、「ウンチしたいの?」と聞く。どうやら浣腸と思ったらしい。(オムツを取って以来ウンチのタイミングがわからなくなったらしく、出したいのに出せない便秘になったので、過去に2度使った。)
そしたらビデのカラ容器を持ってお昼寝マットに転がり、大マタを拡げて「こうやるのね」って自分のお尻に刺すマネをする(しかも風呂上りで下半身すっぽんぽん)。それから起き上がって、かがんでお尻に刺すマネをしながら「こうやるのね」って言う。穴が違うとかいつどのタイミングで教えるべきか…。てか、トイレ使用中に子供がフリーパスな時点で下品全開。

・こちらをじーっと見ながら、大真面目な顔で、「ママの大好きな、おつーだよ」と言う。

えーっと…、お後がよろしいようであせる

我流の幼稚園選び?

つぅ〜な話 西原式育児の実践と検証
子供ができる何年も前に読んだ本。
「日本の子供の自尊感情はなぜ低いのか」古荘純一著。
子供産む前は本が大好きで、なんでも読みました、私。小説以外。
今は、そんなヒマねえけどな〜。
この本はとても面白かったので、処分しないで取っておいたのだけど。

著者は、日本の子供の自尊感情は低さを徹底して調べ、教育システムや親の自尊感情の低さなど様々な観点からアプローチしております。
私としては、戦争に負けた、という日本人のアイデンティティの崩壊が決定的に影響しているということも付け加えて欲しい。
正しかろうが悪かろうが、神国・日本を掲げた昔の日本人の自尊感情は高かったに違いない。
現代でも、選民思想の強い国民性の人達は、自尊感情が強い傾向にあると思います。

自尊感情。私もとても低いので、よくわかります。
ほめられた経験がほとんどないので、なにをどれだけやっても自分に自信が持てない。
自尊感情が低いと、例えばたくさんの思い出の中で嫌な思い出しか覚えていなかったり。そうするといつまでも親を責めてたり。
他者からの攻撃に弱かったり、99の成功例があっても1の失敗が許せないほど神経質だったり。
こういう状態は思考が停止しますから、情報に左右されやすく、発想力などが養われにくい。
日本人の一般的な特徴にとてもよく当てはまると思います。
自尊感情が高い、ということは、逆境に強い、ということがいえます。
教育の目的で一番必要な、「どんな環境でも生き抜いていけるたくましさ」に直結する問題です。
自尊感情が低い日本人はつまり、逆境に弱く、環境が合わなければたちまち参ってしまう。
ニートや引きこもりが増えている原因といっても過言ではないでしょう。
そうなって欲しくなければ、自分の子供の自尊感情を下げないように育てる配慮が必要です。
高すぎてもいけないんですよ?
自信満々で人の忠告を聞かない人。ほらほら、思い当たりません?
高すぎず、低すぎず、自尊感情を適切に保つことが、豊かな人生を謳歌するカギになるように思います。

この適切な自尊感情を養うのに最も大切な時期が、幼児教育の時期に当たるんではないかと思うのです。
だから、極端に言えば、どんな教育法だろうと、子供の自尊感情が適切に育てばいいということになります。
そしてそれは、子供の個性によって違う。
たくさんある幼稚園から、自分の子供に合った幼稚園を選ぶひとつのヒントになると思います。
もし自分の子供が、大勢の中でワイワイ揉まれたほうが自尊感情が適切に保てると思うのならそういう幼稚園を選べばいいし、うちの子地味だし先生に声もかけてもらえないんじゃ萎縮しちゃうわと思うならやめればいい。
英才教育でバリバリやったほうが保てると思えばそういう幼稚園を選べばいいし。(たいてい難しいと思いますが。)
うちの子は家の中で遊んでばっかりだから自然で鍛えたほうが良いと親が思っても、かえってそれが自尊感情を下げちゃう子だっていると思うし。
好きなことを好きなときにやれるモンテッソーリやシュタイナーは、自尊感情を適切に保ちやすい、と言えるかもしれませんが、日本の一般的な公立小学校に入った時に、自尊感情を保つことが難しい子も出てくることは想像に難くないでしょう。

ここまで色々文句たれて、じゃあオマエはどんな幼稚園を選ぶのさ、と、気になりますねえお客さんパー

私がね、だいっきらいだったんですよ、幼稚園(途中から保育園だったけど、コレも大嫌い)。
ものすごく普通の幼稚園(保育園)だったけど、食が細いのに無理やり食べさせられたり、園舎も暗くて寒くて泣いてばかりで、もう今の自尊感情の低さに直結してんの。
友達なんか、仏教系の幼稚園だったとかで、座禅なんかさせられて、棒で喝を入れられたとか、幼稚園生にそれする目的がそもそも分からないむかっ
私は、幼稚園は、できるだけ楽しい思い出があればそれでいいんじゃないかなと。
何かが特にできるようになる必要はないかなと思ってます。
文字も数字も生活の智恵も、興味を持てば自然に覚えていくものでしょうし。
あれこれ英才教育でつめこむよりは、家で囲碁でも遊ばせたほうが何十倍もアタマを使うし。
(余談ですが、この時期は考え方の「癖」を決める大事な時期。この頃に暗記などの丸覚えを教え込むと、即レスばかり求め、原因や成り立ちを考える癖がつかなくなるように思います。囲碁のような、何手も先を読んで戦略を考えるような遊びは、良い考えの癖をつける秀逸な遊びといえます。)

というわけで、私は今のところ、「バス幼稚園」をロックオンしています。
あのね、園舎がないの。
バスに乗って、お弁当持って、毎日色んな場所や公園に行って遊ぶんです。それだけ。
毎日が遠足みたいなもの。
雨の日に活動する場も最近できたばかりで。(それまでは雨の日は公民館だった。)
定員も、一台のバスに乗れるだけ。だから少人数です。
先日、体験説明会へ行ってきました。
園長から「借り物」の言葉が少しでも出たら切ってやろう、と思ってたのですけど。
しっかり自分の考えで、いいところも悪いところも言える人でした。
自分で運営している幼稚園ですもんね、雇われ園長とは違って当たり前かな。
自然で遊ばせているようで、実は意外にビビリーだよ、とか。
少人数って、良いように思うけど、こっちも見えすぎるし、問題が起きた時に逃げ場がないんだよ、とか。
現実社会の人間関係はもっと逃げ場がないから、私はそれでいいと思うけど。むしろテレビやゲームに逃げてしまうほうが心配だ。
見学は自由だし、見たい気持ちは分かるけど、見ないほうがいい、とか。
子供には親の知らない面も必要だから。
だからバザーも親の参加する部分もほとんどない…何かしてくれたい気持ちはわかるけど、完全に任せてくれ、という姿勢。
連絡帳もないし、行事も自然発生的…ビデオカメラに収めるような運動会は期待しないでくれ、と言われた。
クラスも縦割り。あの状態(一緒くたに遊んでいる状態)でいつクラスが必要になるんだろう?と不思議なんだけど。
発達の早い子も遅い子も、きちんとその子と同じ目線で追っているのが印象的でした。
そして何より、先生達が本当に楽しそうに子供達と遊んでいるんですよね、全力で。
実際、先生方が、「私が一番楽しませてもらってるんです」と言われます。
だから父兄には、元幼稚園の先生、という人が結構いるんです。こういうのが理想だったの、って。
先生が心から楽しんでいれば、子供にも「人生って楽しい」というメッセージが伝わりやすい、=良い自尊感情が育ちやすいんじゃないかなあ。
子供は敏感ですから、先生側に「やらされてる感」「やってらんねえ感」があると、すぐ感じ取ってしまうと思うんですよね。
先生だって子供が好きで選んだ職業でしょうから、それが遺憾なく発揮できる場、というのは、やっぱり状態を良く保ちやすいでしょう。
この時期に、親以外の「信頼できる大人」に出会えるというのは、すごく大切なこと。
その可能性がとても高くなるという点において、少人数というのはやっぱりいいなあ、と思いました。

正直、ウチの息子はどんな環境でも対応できちゃうと思うんで、悩み甲斐がない人だと思います。
あえて言えば、怖いもの知らずなので、ともすると自尊感情が高すぎる方に振れる恐れがあるかな。
だから大人数で目の届かないところに突っ込むと、ジャイアン気質にますます拍車がかかるかもガーン
こういうところで鼻っ柱を叩いてもらっておいたほうがいいような気がするパー
そして「信頼できる大人」に出会って欲しい。

この幼稚園が息子にとって良いかそうでないかはまだわからないし、まだまだこれからもアンテナは張っていくつもりです。
でも、毎日が遠足って、やっぱり楽しそう!
私が入りたかったな〜!!
子供時代のやり直しって、できないのよね。
子供は自分で環境を選べないし。
やっぱり今しっかり選んでやるのは、その子の人生にとってとても大切なことなんですねえ。

我流の幼稚園選び?

つぅ〜な話 西原式育児の実践と検証

初めての幼稚園選び。
初めて社会に出す環境を親自身が選ぶ…、誰でも緊張し、悩ましいことであります。
うちのは再来年に入園、まだまだ先と思いきや、最近はプレなんかもあって2歳の今動くのがフツーのようですね。

私自身、人生で幼児教育に興味をもったことがないので、どんな幼稚園がいいのか、どんな教育法があるのか、さっぱりわかりません。
でもまあ、こんな風に選ぶのもまた、楽しいもんだし♪
幸い、私の住む市は、東京郊外のベッドタウンなせいか、幼稚園がとても豊富なんです。

幼稚園を私なりに分けると、以下のようになると思います。
?園バスがあり、給食があり、延長保育あり、の、親の要求を優先したいわゆるフツーの幼稚園。
?英才教育な幼稚園
?超自然で鍛える的なスパルタ幼稚園
?特殊な教育法を取り入れている幼稚園
(あえて?と?は区別)

(あくまでも私見です。特定のやり方を批判しているわけではないことをご理解くださいませ。)

写真は1歳半くらいの頃だったかな?
うちのすぐ近くの公園に遊びに行ったら、ちょうど幼稚園の遠足が来ていたのでした。
飛んで火にいる夏の虫、うっかり体験入園状態、大量の園児にもみくちゃにされ、山の斜面を利用した大きなすべり台にお姉ちゃん達に手を引かれて滑り落ち、その上にまた園児がボタボタと落ちてくるという、なんで泣かないのか不思議だった…。
ここは、園バスあり給食アリの、?の典型的な幼稚園です。みんな元気でいい笑顔、一見屈折したところもなく楽しそうで、いい幼稚園なんだろうな、と思いました。
だけどね、ざっと見ても確実に100人はいる園児に対し、先生が3人しかいないんですよ〜!!
みんな同じスモッグに名前を大書きされて、そりゃ分からなくもなるだろうなー、って感じ。
フツーの幼稚園が経営的に成り立っていくためには効率が必要で、マンモス化も仕方ないのでしょうけど。
友達の甥っ子が小学生になってから、自分の卒園した幼稚園を訪問したら、先生が全く覚えていてくれなくてショックだったそうです。
これらのことが、?の幼稚園のすべてを集約している。
正直、うちの息子は人見知りなんてしたこともなく、環境にもよく順応するので、こういうところでも充分やっていけるとは思うのですが、やっぱなんか寂しいよねえ。
良いところしか見せない説明会にじゅうたん爆撃ばりに行かなくても、だいたい分かっちゃったなあ、と思ったのでした。

?は私的に全くありえないので、ナシナシ。
幼児期にバック転できたり絶対音感つけさせたりバイオリンやらせたり、なんか意味あるわけ?
詰め込めばそれだけ出て行くだけ。
音楽や絵画の先生呼んで、それ画一的なセンスを押し付けているだけだし。
子供にとってどうか、というより、受験世代の親の財布を狙ってるだけ、に見える。

前に「里山っ子たち」という映画を観ました。
託児付き、というエサに食いついただけで、どんな映画かも全く知らなくて観たんだけど。
「危険な」里山で子供を遊ばせるという、千葉の保育園のドキュメンタリー。
?の自然派スパルタ幼稚園(ここは保育園だけど)のお話です。
観ている人は「ああなんて良い環境なんだ」としか思わない方々ばかりなんでしょうけど、ここでも世の中を斜に見る私がムクムク出てきてねー。
「こういう環境の子供達はみんな幸せに違いない」という監督の思い込みばかりが目立っちゃって。
別に普通の幼稚園でも、外で遊べばみんないい顔になりますけど?
大体、里山に入ることを許されているのが年長さんだけ、というのが気に入らない。
里山に入るというゴールのためだけの0〜5歳児のQOLが全く見えてこないの。
里山が本当にすべての幼児にとって楽しいのかどうか、ということも考える必要がある。
ここでもやっぱり「こう育てたい」という親の気持ちばかりが優先しているように感じるんですよね。
私の住む地域でも似たような幼稚園があるそうですけど、自然は結構だけど、そこまでスパルタが必要かなあ、というのが私の感想です。

?は、モンテッソーリとかシュタイナーとか、そういった教育法を取り入れている施設、になると思います。
人生において幼児教育に興味を持ったことが全くないので、聞きかじりとググる程度にしか知識がありません。ま、実際に入った人以外はほとんどそうだと思うんだけどね。
友達が2歳児連れてモンテッソーリの幼稚園に何度か遊びに行っていたんですが、少人数で、オモチャはすべて手作りだし、馬なんかもいて、夢のような、ほんっとーに素敵な幼稚園、だそうです。
もう本当にここにしよう!と半分決めていたそうですが、ふと思ったそうです。
「一生こういう環境で暮らしていければいいけど。」
うん、私もそう思う。
すごく素敵だけど、ディズニーランドのように感じるんだな。
私たちがよく行く清里の「八ヶ岳倶楽部」、俳優の柳生博が経営するギャラリーカフェですが、彼が木一本から植えた雑木林の中に建っています。
彼の孫は小学1年生の時、ナタを持ってそこを走り回っていたらしい。
彼の息子・柳生慎吾は、中学生の時すでに重機の扱いを柳生博に習っていたらしい。
でかい岩をユンボで吊り上げるんだけど、その下に柳生博がいる。
ちょっとでもバランスを崩したら確実に岩の下敷きになるんですよ。
ナタを持って走り回ることも、ナタとはどう扱うのか、どれほど危険なものなのか、を教えられているからこそ許されること。
モンテッソーリの真髄って、こういうことなんじゃないかなあ、落ちたら割れるグラスを使う、とかそんな小手先のことじゃなく。
このくらい親が「必死」にならないと、本当の生活の智恵は伝わらないんじゃないかなあ。
こういうことをメソッドにして幼稚園という他人にアウトソーシングしても、ちゃんと伝わらない気がする。
幼稚園でモンテやってても、うちで電化製品にテレビにDVDだし。
むしろモンテのやり方は、小学校で必要に思う。何とかしてくれ今の公立小学校〜!!
あと、根底にあるキリスト教観は、日本人には理解できないかも。
私自身、クリスチャン家庭に育って、それこそ腹にいるころから教会に通ってましたけど、それでもあの選民思想は日本人には理解できない。
日本人にも特定の宗教の人はもちろんいるけど、そういう人はその宗教の施設に積極的に入っていくだろうから、その他の八百万の神様オッケーな日本人に、キリスト教の思想そのままを輸入は無理がないだろうか。
さらにシュタイナーは、その初期にナチスドイツの影響があったことは忘れてはならない、と思います。
まあ、いいとこだけ取って、くらいなら良いのかもですけど、あんまり突き詰めると大変なんじゃないかな。
(前に、通りかかったお寺付属の幼稚園に「モンテッソーリ教育」と書いてあって笑ったw。究極の八百万神発想、と言えなくもないパー

どのやり方にも一握りの天才はいて、そのパーセンテージを上げるのが各教育法の目的、なんでしょう。
わが子に天才になってもらいたい、どの親も思う親心ですよね。
私だってアタマ良くなって欲しいから西原育児やってるんだもん、究極。
しかし、教育の最終目標が「天才をつくること」で果たして正しいのでしょうか。
私は違う、と思うんだな。
親は無意識に自分の子供時代のやり直しを求めちゃうんだけど、「子供に何を求めるか」ではなく、「どういう人間になって欲しいか」を意識して考える必要がある。
そう考えると、一番必要なのは、それこそルンペンになっても這い上がれるような、「どんな環境でも生き抜いていけるたくましさ」なんじゃないだろうか。
そのためには、極端に環境を制限したり、何かのメソッドに偏ったり、体ばかり鍛えようとしたり、反対に放任すぎてもいけない気がする。
お釈迦様の修行の答えも「中道」だしね。

子供に、「どんな環境でも生き抜けるたくましさ」をつけるためには、どうすればいいのでしょう?

以下、続く。

清里秋の陣

つぅ〜な話 西原式育児の実践と検証
毎度おなじみの、清里八ヶ岳倶楽部
で、こいつらが何をしているかというと、
「でんしゃにへんしん」
なんだそうだ。
この小路は、リアルに小海線の枕木の廃木でね、なるほど電車が走るわけだ。
ココは今まで何度も来ているけど、こんな遊びをしたのは初めてで、成長したんだなーと、感慨しきり…>w<

季節が変わるとどこからともなく要望が出て、出陣してしまう、「清里・秋の陣」。
今回参加人数、大人7名、子供10名、胎児1名。
今までは「大人の数=子供の数」だったのが、子供の数がだんだん増えてきて、数えるのをミスるようになった。
(私が阿呆なもんで、指の数を超えるとよくわからなくなるw)
少子化なんぞどこ吹く風、私たちは繁殖している。

こう何度も来ていると、あっちこっちいかなくても、子供の「間」が持てばいいわけで、子供同士ぎゃーぎゃー遊ばせながら、母共はまったり。
これが家族旅行ならこうもいかないわけで、こういう仲間がいるのは本当にありがたいかぎりです。
子供達もね、こんなお年頃から修学旅行のようなマネができて、幸せだなあと思うです。
これで枕が飛んできたら、それはそれで大変だけどなー。

今回もちょっとしたハプニングがありまして。
午前2時、例によってお菓子食べながらしゃべりながら起きた子供を寝かしつけたりしながら過ごしていたら、他の泊り客である90歳のおばあちゃんが、風呂場で転んでアタマかち割りましたあ゛ぁ゛っ
ところが、私たちのメンバーには、元看護師が2人もいましてね、言われるまでもなく即止血、救急車で病院に運ばれたのですが、ホッチキスでバチンバチンって止められただけで、1時間で帰って来れちゃいました。
後頭部が3センチほどパックリ切れていまして、風呂あがりだったし、お酒入ってたし(ハイカラなバアサマだああせる)、措置が遅かったら血が止まらなかったかもしれない。
ラッキーなおばあちゃんだなあ。
前回、メンバーの子供が転んで搬送されたときもこういう人がいると本当に心強くて、人の役に立つ仕事っていいなあ、と心底思ったのでした。
(Sさーん、お祓いに行くんじゃなくてねー、あなた達がいてくれたからみんな救われたのよー!)
おばあちゃんにお礼の寸志を頂いて、それでみんなでリゾナーレで豪華ランチしましたドキドキ
ごめんね、臨時収入にタカってw


つぅ〜な話 西原式育児の実践と検証

宿でまたもや電車ごっこ。
かえるさん運転手で、赤ちゃんの泣き声センサー受信機がマイクだったりしてw
この後、受信機をしまおうと、「返して」と言ったら、男共4人に、「ダメ!!」とハモられまして、スゴスゴ退散したのでした。
まっ、負けたわ…354354

わらべうたの童

つぅ〜な話 西原式育児の実践と検証

残念ながらわらべうたの画像がないので、ショッピングセンターのちびっこ広場でアホのように遊ぶ子供の姿をUP。
わらべうたは、親と一緒に遊ぶので、撮影者がいないと永遠に写真が撮れない…汗

1歳半頃からかしら?月に1度、「わらべうたの会」に参加しております。
「その道のプロ」的な初老の先生にわらべうたを歌ってもらうのです。

私の住む地域では、子供の3,4ヶ月検診時に、「じゃあじゃあびりびり」の絵本と共に、「わらべうた」のDVDをプレゼントされます。
私たちにわらべうたを教えてくださる先生は、このDVDの監修もなさっている方なんです。

「わらべうた」って、知っているようでよく知らないですよね?
大抵の人は、ものごころ着いた頃からわらべうたなんて触れる機会はないと思うんです。
市から頂いたわらべうたDVD、早速再生してみると…、感想は、こう言っちゃなんですが、観た瞬間から、「大変眠い汗」シロモノあせる
ゆったりとしたリズムとたる〜いメロディ、抑揚のないダラダラとした編集、それでなくても慣れない子育てと睡眠不足で疲れているのに、こんなの観せられたら、子供より先に自分が夢の中、ですなく
しかし、元保育士の母の評価は大変高いので、やっぱりその道の人には価値が分かるんでしょうな。

というわけで、このCD以来私の「わらべうた」のイメージはあまりよくないので、「わらべうたの会」と言われても、「え〜、アレっすか〜?」とあんまりモチベーションが上がらなかったんですけど、そんな親の低テンションとは全く反対に、うちの息子は、「わらべうたの童」と称されるほどの、ものすごーいハマり様ですあせる
息子の子守唄はマイケルジャクソンの「This is it」に始まって、ゼロ歳の頃から英語ベビーサインや英語リトミックなどコンスタントにやってまいりましたが、やっぱ「わらべうた」は日本人のソウルミュージックなんでしょうかね〜。
強い刺激に慣れきった我々大人にはさっぱりわかりませんパー

やってくださる先生も、年の功なのかキャリアなのか、子供の心をつかむのが大変上手。
「ぎったんばったん」と唄いながら舟をこぐマネをするもの、ジャンケンをして手をつないだりするもの、色とりどりのオモチャやテレビや音楽すら一切使わないのに、これだけ子供は楽しめるんですよね。
もちろんひとりじゃさっぱり楽しくない、みんなと、親と、先生と一緒にやるから、楽しいんでしょう。
しかも、飽きない。
今子供達は、家でひとりで遊ぶことが増えているようですが(公園行っても犬の散歩かタバコ吸う人がいるだけ汗)、元来こうやってみんなと遊びながらコミュニケーション能力を身につけたり、オモチャなんて何もないところから想像力を磨いていったりしたんだろうな。
こういうことを全くしなくなった現代の子供達がオタク化するのは、ある意味当然だ。

画像のショッピングセンターのちびっこ広場、うちの息子が大好きなんです。
ショッピングセンターの広い通路のど真ん中に、遊具なんて一切何にもない、ただクッション性のある床材が敷いてあるだけ。
そこに、通りがかった小学生のお兄ちゃんお姉ちゃんからハイハイの子まで入り乱れて、飛んだり跳ねたり転がったり、アホみたいに笑いながら本当に一心不乱に遊ぶんです。
普段悪ぶってたりゲームやってたりしていても、ここで遊ぶと、不思議とお兄ちゃんはお兄ちゃんらしくなり、赤ちゃんは赤ちゃんらしく、元来の子供達の姿に戻るんですよね。
こないだなんか、うちの息子、お兄ちゃんたちに「オマエを逮捕する!」って両脇抱えて連行されて、クッションの一マスのエアー監獄に入れられていたwまたおとなしく入ってるんだこれが。
よっぽど楽しいらしく、「帰るよー!」ってここから引き剥がすのにものすごく苦労します汗
ここにケンカは一切起きません。
速度MAXでガチ衝突で大泣き、は時々起こるけど。
オモチャなんかあるからケンカになるんだ。
子供って、これでいいんだなあ、と心底思います。
知育とか、マジいらねえ。
大人の余計な干渉や商売っ気は、大きなお世話どころか子供の未来まで危うくする可能性があるんじゃないかな。

「わらべうたの会」、主催者は、スーパーやら支援センターやらあちこちにポスターを貼っているそうですが、来るのは、自然保育で有名な近くの幼稚園の人達と、我々がお世話になっている助産院に来る人達だけ、なんだそうです。
そこにフィルターがあるんだなー!

この話、幼稚園選びにつながっていきます。

やればわかるコウケントー

つぅ〜な話 西原式育児の実践と検証
↑これがコウケントーです。昼間の撮影ですが、あまりにも明るいので部屋が暗く見えるう。


色々あって、ちょっと今、ワタシ的にコウケントー強化月間。

前にも触れましたが、人工太陽光線「コウケントー」は、我が家の究極の秘密兵器です。
これがなかったら、うちの愛鳥・梅蔵ちゃんはとっくの昔に虹の橋を飛び越えているのだ。
鳥に日光浴、昔の人は良く知っていたなあ。

「なんじゃいな、それ?」というヒトのために。
「コウケントー」は昔ながらの治療器具なのですが、カーボン棒に電流を通してアークさせ、人工的に太陽光線に近い光を出して人体に照射、様々な病気を治癒させる、というもの。
「見た目さえ治ればいい」対処療法の蔓延した現代ではすっかり忘れ去られているのですが、意外にイナカのおばあちゃん家の押入れに眠っていたりする。
西原研究所に行くと、コレを足の裏に照射されます。
そんなクリニック、本当に世界でココだけだよ…。

めっちゃくちゃミテクレが怪しいのですが(なんとかならんかこの宇宙服みたいな外観むかっそれでなくてもウチのちょぼいインテリアが最悪ですがな〜汗)、西洋医学的にも東洋医学的にもものすごく理にかなった治療器具なんですよ。
生物の生命活動の最小単位は、大昔に細胞内に寄生したバクテリアの一種、ミトコンドリア
こいつが、太陽光線を浴びるとものすごく活動が励化される、という特徴を持つのです。
足の裏は、ご存知東洋医学的にも全身のツボが集中しているところ。
この足の裏のミトコンドリアを総決起させるのです!
すごいわあ〜。

実は久しく自分が当たっておりませんで、最近体力が下がってきたかなあと感じ、夜もあんまり眠れないし(細切れ睡眠歴2年ですからパー)、先日おっぱいがガチ詰まりしたのもキッカケとなって、ここんとこ毎日照射するよう努力しております。
なんで遠のいていたかというと、
1、めんどう〜。
2、毎日30分梅蔵ちゃんを照射しているので、自分はなんかお腹いっぱいだった。
3、リアルに火が出るので、子供の前では危なくてできず、寝静まってからコソコソやると、5割の確率で起きやがるむかっ

やっぱ、いいですよ〜!
どういいか、というと、すんごく良く眠れるの!
はあDASH!、と布団に入って、1秒で朝目ですよ!コレ、大げさじゃないからパー
授乳で起こされてもすぐ寝入られるし、目覚めもすごくスッキリ♪
でもね、やり始めると、睡眠が「足りる」ようになるまで、昼夜問わず泥のように眠いんだけど…。
一番気持ちいいのは、夜照射しながら眠ること。ゆえに我が家では寝室においてある。(そして途中で起こされると気持ちよく寝てる分心底ムカつくむかっ
質の良い睡眠、って免疫力(=体力)アップの重要なファクターですよね。
足の裏もずーっとほかほか。
私の場合は、3日も続けると、足の裏がジビジビする感じがする。
コウケントーは暖める、が主目的ではないです。光に当たってミトコンドリアが活発になるから結果温かくなる、というだけで。暖かくするんだったら、遠赤外線コタツに入っていればいいんですから。
そして足裏の皮膚がツルツルになるので、階段から滑って落ちそうになるあせる
顔に当てたらお肌ツルツルだろうなーとは思うんですが、実行する時間がない〜。
そして私の場合、3日もやると無意識に体が動くようになって、無駄に掃除とかしちゃうんだこれが。
最近、太ももが太くなって下っ腹が出てくるという中年太り的な体のラインに成り下がってたのですが、コレもスッキリしてきました。
中年太りって、やっぱ「流れ」の滞りなんでしょうねー。
東洋医学的にも、「脾」の弱い人は歳をとってからこういう体型になりやすいそうですし。(←予言されたガクリ

コウケントーを取り扱っている黒田研究所では、お腹とか胸とか悪いところに照射したりするんですけど、私的には経験上、それはあんまり意味がないように思います。
やっぱ足の裏というツボに当ててこそ最大限の効果を発揮するんじゃないかな。
胴体にはむやみに当てるとかえって疲弊する場所もありそうに思うし。(人工的とはいえ直射日光ですからねー)
外傷は別ですよ。
怪我に照射すると、ものすごい速さで治癒します!!
本当にミトコンドリアさんがせっせと働いているんだなあと実感します。

ご家庭でお気軽に健康維持、お値段10万円とちょっと。
消耗品のカーボンと、将来電気がなくなるような事態が来なければ、半永久的に使えます。
届かない金額じゃないし、無駄に人間ドッグに何度も入るくらいなら、よっぱど前向きで予防効果があります。
何かひとつオススメは?と聞かれたら、迷わず「コウケントー」ですねグッド!

余談ですが、人間ドッグもちょっとだけアンチな私。
否定はしませんが、発ガンリスクという安心料が果たして妥当なのかどうなのか。
ソコに着くまでに、いくらもやれることはありますよ。
CTやらMRやらは、緊急時の最終手段なはず。
今のように国を挙げて乱発することが果たして必要?
受ける側にも、半分税金が出してくれるおトク感を煽っているようですが、それ自分の税金を特定の誰かさんに垂れ流しているだけですし。
人間ドッグさえ受けていればまるで病気が治るくらいの錯覚を持っている人がたくさんいるのが気に入らない。
ウチのダンナ、ドッグの眼底検査で目を悪くしましたよ?
ダンナ高校生で特定疾患を発病した時、近所の町医者で、「見えない、見えない」って、放射線40分も浴びたそうです。ありえねえ〜、福島原発もビックリだよむかっ
脳みその細輪切りとかね、そうまでして、誰が何を何の目的で「見る」の?
そんなことより早期離乳食をやめさせたり、冷たいものをむやみに摂らない等節制のある生活を心がけるほうがよっぽど一生健康で税金もかからないのに、まあ、それじゃ、誰も儲からないからねーパー
賢くならなくては。


光線療法ひだまり