高校生

大変大変お久しぶりになってしまいました、皆様におかれましてはお元気でお過ごしでしょうか。

私たちが東京から田舎へ引っ越して2年ほどが経ち、長男はこの4月に高校1年生、次男は6年生になります。

元々音楽が好きな長男は中学校に入ってから吹奏楽部に入ってトロンボーンにのめり込み、地元の吹奏楽が強い高校に進学しました。

理系の学校とずいぶん悩んだのですが、

「俺がものすごく頭が良かったとしても、音楽がやりたい」

と、そこまで言われたらねえ?としか。

とりあえず高校では吹部に燃えるつもりらしいです。

まあそれだけやりたいことがあるというのは良いことではないですか。

私が同じ年頃のときは、学校選びは偏差値しか頭になく、なにをやりたいかなんて大学行ってもわからなかったです。

学部選びだって偏差値次第、学科なんて入試前のアンケートで初めて考えたくらいだもんな。

昭和と違って令和の子たちは、「どう生きるか」をちゃんと自分ベースで考えられる子供が多いように感じます。

 

西原式育児に出会って長男を産んで、もうすぐ16年。

こんなにすくすく育ってくれて、感無量です。

私は西原先生に出会って、がっつり「教祖」から話を聞いてからのスタートだったので何一つ不安はありませんでしたが、本やネットの情報で見よう見まねで始めた方々にとっては、ゴールがあやふやでさぞ不安ではないのかと思います。

そういうこともあってこのブログを始め、さらに西原式育児のオンラインサロンも立ち上げ、先に産んだ私が少しでも皆さんの安心材料になれば、と進んでまいりました。

 

西原式育児という、世間で推奨されている育児とはずいぶんと違った育児をして、子どもがちゃんと育つのか?身体は大きくなるのか?栄養は足りるのか?頭は育つのか?

 

これが一番皆さんの心配されるところではないかと思います。

西原式育児のいちばんの特徴は、「離乳食開始が一般の育児よりずいぶんと遅いこと」。

離乳食の開始がほぼ1歳~2歳半くらいという、常識では考えられない時期まで母乳かミルクオンリー、さらに離乳食と平行しながら母乳ミルクは5歳くらいまで継続することを推奨されます。

健診に行くたび、「離乳食の進み具合」「断乳の有無」を確認されるお母さんたちが不安に思うのは当然のことだと思います。

 

西原先生が離乳食の開始をここまで遅らせ、長期の母乳ミルクを推奨されるのには、ちゃんとした理由があります。

「子どもは大人のミニチュア版ではない」

産まれたばかりの人間の赤ちゃんの消化器は非常に未熟で、口から肛門までほぼできあがっていないパイプだけで繋がっているようなものです。

人間は頭が大きく成長するので、身体が成長するまでお腹で待つと産道と通れません。

ゆえに他の動物のように体がちゃんと成長してから産まれるのではなく、未熟なまま産まれて、「あとは出てからでよろしく!」システムなので、産まれた後母乳ミルクでしっかり内臓を育ててから少しずつ負荷をかけないと、余計な負担になってしまうのです。

余計な負担とは、ほとんどが

「お腹が苦しいこと」。

赤ちゃんのぐずりや激しいイヤイヤ期などは、ほとんどすべてが身体の不快から来ていると言っても過言ではありません。

赤ちゃんはお話しができないので、お腹が苦しいと正確に言葉にすることはできず、全ての不快を「イヤ」としか表現することができないので、言葉の通じないお母さんはなにがイヤなのか理解できず、一生懸命環境を整備したりご機嫌を取ったりしますが、ぐずりの原因が本当は「お腹が苦しいんだよ」というところまでたどり着ける人は少ないです。

この、なんだかよくわからないお腹の苦しさを一番取り除いてあげられるのが、離乳食の開始を遅らせ、なるだけ長く母乳ミルクを続けてあげること、なんです。

外因なのか内因なのか自分でも良く分からない時期の「お腹の不快」は、赤ちゃんにとっても理不尽なものでしかなく、自分は常に「誰かに攻撃されている」というトラウマを持ちがちです。

ここまで自分の子どもが育って振り返ると、西原式育児による恩恵は多々ありますが、この「トラウマが少ない」という要素が最も、人生をイージーモードに連れて行ってくれる最強の武器を持たせることができた、と感じています。

なぜなら彼らの思考が、「起きた出来事を最初から否定として捉える」入り口に立ちづらいから、です。

 

西原式育児のもう一つの大きな特徴は、「赤ちゃんを冷やさない」こと。

服装もそうですが、冷たい物、冷えた飲み物やアイスクリームなどは厳禁。

とにかく腸を冷やさない、温かく温かく育てる、これがとっても大事です。

私は結構忠実に守っていたので、冷たかったり氷の入った飲み物やアイスクリームはほぼ中学生になるまで与えずに育ててきました。

今でこそそこまで厳密ではないですが、積極的に欲しがることもしません。

それについて「他の子はいいのにどうして俺だけ」的なクレームは時々ありました。

その都度説明はしていましたが、頭で理解することは身体で腑に落ちないと納得しませんから、何度も言われたりもしました。

親もいじわるで制限しているわけではないのに無駄に罪悪感を感じたりして、これはどこのご家庭でも頭を抱える問題ですよね。

 

ところで、こちらの学校に転校してきてから彼には、私が「吹部3バカトリオ」と呼ぶ仲の良い男友達ができました。

トロンボーン、クラリネット、チューバのトリオ。

この3人でスキーに行ったり富士急で絶叫したり、映画を観に行って夜の駅で校長先生に見つかったりw

とっても仲が良くて、とても良い子たちなのですが、なんとこのうちの一人が私のブログを読んでくれている「ゆるい西原式育児」の子だったのです!

完全に完全に偶然です。お母さんとは卒業式の時に初対面だったしw

 

先日車の中で彼の育ち方について長男と話す機会がありました。

 

なぜ小さい頃は食べてはいけないものがあったのか。

なぜママは今はそれほどうるさく言わないのか。

それは、子どもと大人の身体は違うから。

未熟な時に食べられるものと育ってから食べられるものが違って当たり前、一生食うなと言っているわけじゃない、食べられるようになってから食べるのが自然の摂理、お酒だってたばこだって20歳になってからでしょう?

今はだいぶお腹が育って何を食べてもそれほど影響しないから、わりと何でも食べてもいいって言うんだよ。

そうでないとお腹が苦しくて、なんでもネガティブにとらえちゃったりするようになったりもするんだよ、お腹が痛くて機嫌が良い人なんていないでしょう?と。

 

すると彼は、吹部の仲間を思い出し。

その、同じ育て方をされている友達はとても優しくて、人間関係でも「受け入れる側」であることに気づいたんです。

今までの友達関係で「この子はどうしてこんな風に捉えるんだろう」と不思議に思ったり理不尽に感じたりすることが多かった彼は、その違いが体験として「腑に落ちた」んですね。

 

身体が不調だと、「わかって欲しい」ベクトルしか生まれず、目の前の人のことを「わかってあげられる」余裕が生まれにくいですよね。

我々大人だって、体調の悪いときに言われる子どものわがままや泣き声ってわかっててもイラッとするじゃないですか。

それが子どもの頃にデフォルトになると、一生をかけて

「なんで俺のことをわかってくれないんだ!」

スタンスが常態化しやすく、わかってくれる人を求めてさまよいがちになる。

それが思春期の反抗期や親との過大な摩擦となって噴き出してくるんじゃないかな、と思います。

だって一番わかって欲しい人は、親ですもんね、例えそれが「盛大な勘違い」だったとしても。

本人ですら「何をわかって欲しいのかすらわからない」不足感を抱え、実際には本当に愛されていても大事にされていても、そこには目もくれず永遠に不足を見つけ出して不満を持ち続ける。

それが人間関係や社会への不満に影響を与えてしまうんですね。

受け取ることができるというのは、受け取るだけの「器に余裕」がないと生まれない。

このことですごかったのは、次男。

転校当初、スクールバスの中で、隣に座るひとつ上の特別支援クラスの男の子が、いつもちょっかいを出したり彼が大事に作った工作を意図的に壊したりするということが頻発しました。

ほとほと参った次男が珍しく愚痴を言ってきたので、

「自分で先生にバスの席を変えてもらうように言ったらいいんじゃない?」

とアドバイスしました。

しばらくその話が出なくなったので、バスの席を変えてもらったのかなと後日確認したところ、

「言ってない」

と。

何で?と聞いたら、

「いや、『やめてくれ』という俺の話を聞いてくれないって思ってたけど、ふと、いやあいつの話を聞いてないのは俺じゃないかと思って、なんでそういうことをするのかを聞いてみた、そうしたら、『俺の話を聞いてくれたのはお前が初めてだ』と言って、それから嫌なことは一切しなくなって、仲良く話せるようになった」

と。

今では彼の奇行もなくなり、とても仲の良いお友達の一人です。

彼も「わかって欲しかった」からやっていた行為だった。

ただ行動が激しくて、彼の話を聞いてやろうという周囲の人間(大人含む)に恵まれてこなかっただけ、でした。

受け入れる、ということが持っているパワーってすごいなあ、宇宙的極意じゃねえこれ?これをナチュラルにやってしかも聞かないと言わないくらい当たり前にやってるお前すげえよ、って我が子ながら感心しました。

 

子どもを育て始めた当初、西原先生にも、中医学の先生にも、

「幼少の頃の育て方を間違えると、思春期に復讐されるよ」

と怖い話を聞いて、戦々恐々としていました。

今思春期を迎える長男を見ていて、「復讐」という言葉はかなり適切ではないけれども、その仕組みは、ああそういうことか、と納得せざるを得ないです。

誰も悪くない。親も、子どもも、みんな「わかって欲しい」と一生懸命生きているだけで、誰も悪くない。

悪くないけどでも、「荒ぶらない」ように育てることはできる。

どんなに愛していても伝わらない、という悲劇のループは回避することはできる。

それが、幼少の頃の、「お腹を大切に育てる」ということだと、今は断言することができます。

 

「おしげさんとおつーさんが歩いたところが道になる」

と言ってくれたサロンメンバーがいました。

長男も、この話が腑に落ちたとき、

「じゃあさ、その育て方を俺に教えてくれよ、俺の将来の子どものためにさ」

とのたまいました。

いや教えるも何もアンタ当事者だろうがよw、とツッコミたくなりましたが、そうやって言えるほど、彼にもしっくりきたんでしょう。

この育児を始めてもう16年、この育児で育った長男が高校生になり思うことは、今育児中で色々悩んだり行き詰ったりしてても、「お腹を大事に育てる」ことが必ず近い未来の道を開く近道になりますよ、だから安心してね、と伝えたいです。

 

ではまた~👋

 

イナカとトカイ

ずいぶんお久しぶりになってしまいました。

殺人的日本の夏を乗り越えて、皆さまは無事にお過ごしでしょうか。

私たちは4月から標高1200メートルのところに引っ越しをしまして、毎日高尾山一個分くらいの標高差を上り下りする高所トレーニング的生活に少しずつ慣れてきたところです。でも体調悪いと時々息苦しい…。

冬は当然ものすごく寒いところですが、夏は快適。それでも今年の夏は異常に暑い夏で、この地でも前代未聞の30℃超えでした。

エアコンとか扇風機とか持ってる家が少ないから、暑い地方よりしんどかっただろうな。

 

東京から2時間弱の高原観光地なんですが、人間とは不思議なもので、観光地に住んだとたんに観光に興味をなくす生き物。

私たちが引っ越したエリアにはチェーン店やファミレスといった類のものがなく、昔ながらの美味しい個人店などがたくさん生き残っています。

引っ越す前はそういうお店に頻繁に行っていましたが、引っ越し後の今の子どもたちのあこがれのお店は、くら寿司とかサイゼとかモスバーガーとか(笑)

今までは車で5~10分圏内にあったそんなお店も今やふもとの大きな町まで1時間かけてわざわざ行くところ。

1時間かけてサイゼ行って、ここまできたらせっかくだからまねきねこでカラオケとか、引っ越してまだ半年もたってないのにすっかりおのぼりさん化していますw

一応イナカっぽいこともちゃんとしてはおります。

先日子どもたちの振休に釣り堀に行き、ニジマスを十数匹釣り上げました。

イナカならではの渓流とかもっとガチな釣り場ももちろんありますが、「ママ~釣れない~~」と飽きてグチグチ言われるのは日の目を見るより明らかなので、誰でも楽しく釣れるナンパな釣り堀を選ぶ。

数尾はその場で焼いて食べ、残りは家に持ち帰って庭という名の雑木林で日暮れバーベキュー。

そうするとね、雑木林をナニモノかが小枝を踏みしめて移動している音がするんですよ。

耳をそばだてると、真っ暗な雑木林からいろーんな音や声がしてくる。

つまりこうやって子どもらと魚を囲んでいる姿を、姿は見えないけど思っている以上のたくさんの野生動物ギャラリーに囲まれて見守られているわけで…、ちょっとゾクゾクしましたw

普通に家のそばを鹿が四頭並んで歩いていたり、手負いのキツネが家を覗いていたり、野生動物には事欠きません。

そりゃ動物は好きだけど、熊だけは出てきて欲しくないなあ…。←だから田舎だけどコンポストとかは怖くてできない

 

「こんなところ、移住者しか住まねえよ」

これは長男の同級生が吐いた名セリフですが。

この辺に住んでいる子どもたちはほぼほぼ東京方面からの移住者です。

しかし山を下りた子どもたちの学校周辺は、昔からこの辺りに住んでいる地元の人達が多い。

移住者がいなければ基本は超過疎が進んでいるエリアであり、転校した日に校長先生から「人口の減少が止まらないこの地域によくぞ来てくれました」とお礼を言われたくらいです。

高原の民は明確な目的を持ってわざわざこの地域を選んで移住してくる人達なので、結果、高原とふもとでは子どもたちの「キャラ」がくっきり二別されます。

これは転校してすぐに長男も次男も気づいたことで、

「あのね、クラスでめっちゃ嫌われている子がいるんだけど、俺はその子が大好きなんだよ」

と、二人とも同じセリフを吐きました。

私も子ども時代はガチガチの田舎で育ったので良く知っていますが、昔ながらの土地は良くも悪くも「普通」を求める傾向があり、対して移住者は東京でも自由人系タイプ、そりゃ移住する行動力が伴うくらいですから、お母さんたちも独創的で面白い人が多いです。

その子どもたちも独創的な子が多いので、なかなかふもとの子どもたちになじめない、だからといって移住者だけで固まったりもしない。

物理的に家と家が離れていることも、群れにくい一因かもと思ったりします。

みんなから「嫌われている」と表現されている子たちはうちの子たちからしてみれば「一番面白い」子に映るらしく、都会の中の田舎で育ったうちの子たちは中間因子として、うまく橋渡し役ができているようです。

元の学校に戻りたい、と時たま弱音を吐いていた次男は今ではすっかりこの人数になじんだようで、「なんだか知らないけどすごく学校が楽しい」と言うまでになり(この口数の多くない人が出す言葉は厳選された本音であることがほとんど)、長男に至っては、

「もうすぐあのクラスを掌中に収めることができる、俺は銀河を制圧するんだはっはっはっ」

ムスカ大佐発言をしておりましたよと。はいはいつよいつよい。

 

住んで約半年、ゴミの分別からちょっとした常識まで、ところ変われば色んな勝手が違います。

学校の奉仕活動と言えば、全て草刈り。小学校中学校学童それぞれで草刈りに呼び出される。

前の学校ではゴミ拾いが主だったのですが、こちらでは草刈りに命かけてる。

朝六時に学校に呼び出されると、保護者がみんな軽トラに草刈機を載せてやってくる。え?もしや一家庭につきイチ軽トラある感じ?

いつもピシッとスーツを着ている校長先生や教頭先生が、つなぎを着て草刈機を構え普通の農協おじに変身しとる。

実際なんもしなければ草ボーボーで大変なことにはなるのですが、雑草許すまじ精神がDNAレベルで煮えたぎっている感じ。

私の家周辺でも移住者はそこまで草に対して神経質ではないのですが、地元の人は撲滅を目指す勢いです。

もうヤギでも飼えばレベル。世話が大変だけどな…

 

表彰なんかも残ってる。

これはどういう意味かというと、前の学校ではそういう「優劣を競う」系はほとんどやらなくなっていました。

夏休みで色々工作したり作文書いたりしても、学内で展示して保護者に公開したり、せいぜい市内の合同展示に持ち回りで出品するくらい。

なんちゃら団体のなんちゃら大会に出品してなんとか賞取るとか取らないとか、そういうことは積極的にしない風だった。

引っ越す前の最後の年は、運動会さえ赤白チームに分かれることなく、ただの記録会様になっていました。盛り上がらないことこの上ない。

「みんな違ってみんないい」精神のもと、「できた」を褒め競争を促すという教育をしないような方針だった気がする。(これは東京都の教育委員会に務める友達も同意していました)

それはそれで私も異論があるわけでもなく、実際評価を狙って作品を作ったり絵を描いたりという教育に対しては疑問に思うところもあるし。

でもかの地では中学受験という最大の競争に多くの子どもたちは低年齢からさらされているわけで、そこだけ競争をなくしたところでどうなのかなあ、とは思ってしまいます。

こちらへきて長男が何気に作ったものに評価がついてしまい、「え?!アレが?!」とびっくり。

そういう評価をされたことがないので、段ボールで作ったものが盾という立派なものに変身したおトク感のみに喜ぶ長男…ズレてるなあ。(ただの紙製の賞状は跨ぐ)

よくできたものは褒め素直に喜ぶという教育も、その子の得意を見つけるには必要なことに感じる。どうせこの世界から競争がなくなることはないんだからさ。

そこがないというのは純粋にお勉強という偏差値競争のみに子どもを晒すということで、逆に没個性化しちゃうのかも。

 

もうじき長男には「職業体験」という三日間がきます。

今の日本の中学二年生は授業の一環としてみんなやるのよね、町のいろんなお店を自分で選んで三日間働くの。

そんな楽しそうなこと、私の時代にはなかったぞ~!!

この辺りは馬屋さんが点在しているので、地の利を生かして退役競争馬の世話に行く気マンマンです。うわ~楽しそ~うらやま~~!!

でも同級生なんかはコンビニで働きたいらしい。

コンビニなんてものすご近い将来イヤでも働くんだし、コンビニのタダ働きほどバカげた労働はないと思うがなあ…

都会にいれば田舎を目指し、田舎にいれば都会に憧れる…人は非日常を常に求める生き物なのだ。サイゼがごちそうになった我が家も人のことは言えないw

長男のクラスにはジョッキーを目指している子なんかもいて、その子は当然体が小さいです。体が大きくなると馬を降りないといけないんだって。

長男に、このまま体小さかったらお前ジョッキーになれって言うと本人もまんざらでもないご様子。このエリアはやたら馬がいるからそう不可能な話でもない。

でも最近ようやく第二次性徴のボタン半押しくらいしてきたからなあ。どうかなあ。

 

引っ越した後も次男はまだ週一で前の習い事通いに東京へ行ったり、長男も学校で落ち込むことがあると前の学校の部活に顔出させてもらったり、わりとどっちつかずな日常を送っております。

イナカもトカイも、どっちもあってどっちもいい。

ゼイタクな子育てをさせてもらっている、今日この頃です。

さあこれからこの辺は寒くなるんだよなあ。筋肉付けて自家発電できるようにしておかなくては~

無事生きて冬を越せるか、乞うご期待!なんちって。

 

それではまた、ごきげんよう~♪

 

 

 

 

男女間で友情は成立するのか

久々に書いといて煽るようなタイトルですんませんw

なに、新しい層の読者でも狙ってるんかいってツッコミが聞こえてきそうですがww

 

本当に久しぶりのブログになってしまいました。もうやめたんじゃね、と思われた方もいらっしゃるに違いない。

沈黙しているこの数か月の間に、我が家では大変大きなことが起こっておりまして。

なんと、慣れ親しんだ東京(の僻地)を離れて、山梨県に移住したのです。

しかも標高が1200メートルという高原で、観光地としてはそれなりに名の知れたところ。

の雑木林に家を建てて、住み始めました。

当然子どもたちは転校になり、田舎なので学校は遠く、毎日スクールバスで通っております。しかもバス停まで徒歩20分…

家の前の一本道は相当な距離街灯がなく、月夜は本気で暗くて見えない。

この道沿いには馬舎もあり、ダンナはうっかり車で馬グソを踏みましたw

自分がよもやこんな移住ガチ勢になるとは思ってもいなかったよ…

当然生活は激変しているのですが、一番影響のあったのは子どもたち。

今まで少人数の学校に行っていたのが、転校先はそこそこ人数のいる大きな学校で、

「多いですね~、うちは一クラス10人くらいしかいない学校だったから」

「……、東京なのに!?👀」

という反応をされますw

まあ大きいといっても過疎化の進んだ地方都市、廃校に廃校を重ねてスクールバスで大きな範囲の子どもたちを一カ所の学校に集めたに過ぎず、子どもたちの半分以上は移住者で占められてます。

そのせいか田舎なのに風通しは比較的良く、小学校の校長先生はスクールバスの後についてきて子どもらを見守るくらい熱心で、発達支援にも力の入った学校で安心しております。

 

去年一年間吹奏楽部で命を燃やし尽くした中学生長男は、転校先でも吹奏楽部に入部したのですが、色々と勝手が違って苦労しているようです。

今は通信で古巣の吹部友達と繋がれるのでそれなりに解消できてはいるみたいだけど、それゆえ前の集団が懐かしく、離れがたい。

LINEのグループ通話を繋ぎっぱにして何時間も楽しく過ごされているんだけど、時々度が過ぎて母の雷を食らってます。中学生ってみんな夜更かしなのよねえ。

そもそも幼稚園から生粋の少人数育ち、真ん中でチヤホヤされるのがアタリマエで良くも悪くも家族のような深い関係の集団が普通だった環境から、新しい、大人数の、しかも出来上がってる集団の中に入る。

長男ビジョンからは、グループができていてみんな仲良しに見えて、誰かと話しててもその子と仲良しが話しかけてきたら自分は黙るしかない。

「俺はボッチの陰キャだ」

と拗ねまくった転校1ヵ月半。

しかし今までの環境が異常だっただけで。

私自身生涯マンモス校にしか所属したことがないからわかるけど、薄く広く浅く付き合うのは当たり前で、体育でペアになるとか給食食べるとかの時ボッチにならない程度に色々画策し、その中でもほんの3,4人くらいと深い友達になって、それが生涯の友になったりする。

そんな、クラス全員ひとりひとりとツーカーな間柄って、君が求めるレベルがおかしいだけだ。

こないだ学校行事で親子草刈り行って様子見たけど、みんなフレンドリーだったぞ、壁を作ってるのはお前じゃお前。

 

次男の前の学校も、クラスは15人ほどいたけど、1年生から卒業するまで一緒にいることを疑うこともせず、先生たちも6年間のスパンで見てくれていたので、クラスの中でもひとりひとりポジがあってお互いにそれを尊重しあい、みんなで育っていく本当に大きな家族みたいでした。

その中でも「安定」という重要なポジにいた次男、いなくなることの衝撃はずいぶんあったみたいで、これが少人数の良いところでもありもろいところでもあり。

この人は飄々としているので転校してもそれほど大きなショックは今のところ見られないのですが、

「あのね、新しい学校はみんな、算数が嫌いっていうんだよ!」

とびっくりしてました。

小さい学校はそれだけひとりにかける時間も多いので、苦手を克服しやすいのかもしれないですね。

 

長男のバス停には、他に女の子が3人ほどいて、時々この子たちを引き連れて帰ってきて家で遊んでいます。

何をするって、人生ゲームとかw

その中でも、同じクラスで同じ吹奏楽部の女の子がいて、この子とわりと仲が良い。

私もその子のお母さんと繋がって、息子が学校でボッチで陰キャみたいなんで仲良くしてくれてありがたいですって言ったら、みんな表面仲良く見えるけど本当に仲良いのは数人で、うちの子もボッチだよ~なんて励ましてくださって。

なんと長男様、日曜日におうちに遊びに呼ばれて、同じバス停の他の女の子とともにお鍋までごちそうになってきました。

女子二人となにして遊ぶって、桃鉄とかww

「あと2年残ってるから、それが終わったら帰します」ってお母さんのLINEがツボったww

 

「こないだあの子の家に遊びに行ってさ、すっげえ仲良くなったんだよ。」

「へー良かったじゃん」

「あのね、プロレスとかしたんだよ。」

 

…ん?

プロレスですか?

女子と??

仲良くなるのに、プロレス??

んんん???

 

そろそろ思春期で、色んな感情が行ったり来たりするお年頃。

しかしうちの長男はまだ、家族愛以上の感情を知らないようです。平たく言えば、幼い、とか、まだ雌雄同体、というか。

吹部の先輩たちとおしゃべりしているので、世の中には男女の感情が存在することも知っていますが、先日、

「僕は愛はあるから、愛はいらないの」

って言い放ってました。

同期には早熟な子もいるし、女の先輩たちの誰々が好きだの付き合うだのという会話を常時聞かされてますが、どうも理解できないらしいです。

まあわかっていれば女の子二人とプロレスなんてできないだろうよ。

ということは女子の方も芽生えてない子たちだったのか?

そもそも邪心がないから女の子の方も警戒がないんだろうな。

アレか、ペット枠か。

前の吹部でも男の先輩の膝の上に乗せられていたしなw

 

最近SNSでこんな表を拾いました。

どちらかの精神科医の方が作ったもののようです。

「愛情」には、「ドーパミン的愛情」と「オキシトシン的愛情」の2種類があるそうです。

前者は「求める愛」、もっと愛してほしい、欠乏感から来る愛なのかな。

後者は「満たされる愛」、安心というか、愛してあげる愛というか。

恋愛はドーパミン的愛を求める傾向にあり、家族愛なんかはオキシトシン的愛になるのでしょう。

でも人は究極的には親の愛を求める生き物であって。

愛着障害」なんて言葉がありますが、家庭や親からオキシトシン的愛を十分に得られる体験が少なければ、恋愛もよりドーパミンを求める破滅的な恋愛に快楽を感じる傾向にあるのかも。

 

人は生まれてくる時「こんな私は愛される価値がない」という自我を握りしめて生まれてくるそうです。

だから愛を求めて人生が動く。

自分は愛されないという自我から人生を見るから、どんなに小さい頃愛されていても、些細な「愛されなかった(と思い込んだ)経験」からしか、記憶がない。

つまり、「自分は(親に)愛されない」をベースに人生を創っていくのが、人間だそうです。

「愛されても愛されても、僕はもっと愛がほしいんだよ」

という長男の名言がありますがw、それでも彼は愛された記憶がどうやら残っているようで(3歳までは楽しいしかなかったそうな)、

「僕は愛はあるから、愛は要らない」

という発言もしてる。

要するにオキシトシン的愛は満たされているしもっと欲しいけど、皆の言うドーパミン的愛を欲しいとは思わない、ということなんでしょうな。

ここで浮かぶのが、ペットへの愛。

ペットに対して情熱的に愛してほしいと求める人は多分そんなにいないはずで、大抵は「愛してあげることでこちらが満たされる」のを求めてペットを飼う。

愛して欲しいと求めることが満たされないのと対照的で、面白いですね。

 

男女間においても、オキシトシン的愛の関係でいるうちは、友情が成立するのでしょう。

そりゃ鍋もプロレスもできるだろう、大型犬が戯れているようなもんだわ。

もちろんそのうち思春期がやってきてホルモンが云々で惚れたの腫れたの騒ぐんでしょうけど(そうでなくちゃ困る)、そんな時期が来ても破滅的なドーパミンを求めるような恋愛ではなく、オキシトシン同志安心できる愛を育めたらいいなあ、なんて思います。

 

学校も、子ども間の競争を煽ってドーパミンを出すようなやり方よりは、みんなが安心できる場にした方が長期的視点ではうまくいくのかな、とちらっと思ったり。

家族的な学校で子ども時代を過ごせた我が子たちは、大海に出て最初は戸惑っても自らの力で集団を信頼する道を切り開いていけるようで、人生でチートな下駄を履かせてもらったなと感じております。

 

というわけで、だいぶガチな山の民になりましたが、これからもぽちぽち発信していきますのでよろしくお願いします♪

ではではまた♪

「容れ物」の大切さ

またまたお久しぶりになってしまいました、皆さまお元気でお過ごしでしょうか?

今年の夏は、日本人を殺しにかかってきてるんじゃないかと思うほど異常に暑かったですね~

周知のとおり私は中医学を勉強しておりますが、中医学的に夏と冬どちらが身体に厳しいかと聞かれたら、迷わず夏だ、と答えます。

冬は寒いですが、着込めばなんとかなります。

夏はどれだけ裸になっても、それ以上は脱げません。

「汗血同源論」と言って、私たちは、血と汗は同じもの、と考えます。(これは現代医学でも同様に言うようです。)

血は体にとって大事なガソリン、大量に汗を流すことはすなわち、体にとって大事なガソリンがダダ漏れになってしまうことであり、どんなに工夫しても汗をかいてしまう夏は、どうしても体力を奪われてしまうのです。

それで夏の終わりには夏バテになり、秋に移行する季節の変わり目はたくさんの人が体調を崩します。

今年のこの異常な暑さが今頃の体調不良を大量に生み出している一因であり、それによる免疫の低下が季節外れの学級閉鎖を生み出しているのではと勘ぐっております。

(ちなみにエアコンの中にいればいいかと言うと、エアコンは足ばかり冷やすので頭寒足熱の逆の状態になりやすく、また外へ出るとその温度差で余計に多く汗をかいてしまうので、やはり体力を消耗していきます。)

 

西原式育児13年目の長男様。

そろそろ育児というには無理のあるお年頃になってきましたが、西原式で育った子どもがどのような思春期を迎えるのか、というところも皆さんにとって関心のあるところではないでしょうか。

うちの長男は成長が速い方ではないので、まだ体も小さめで声も高くて毛も生えてきておりません(笑)今度の合唱祭ではソプラノを歌うそうだ…お前は米良美一か。

ですが頭も口も発達してきて、中学生特有の小生意気さはちらほら見えてくるようになりました。

時々私と小競り合いはやりますが、今のところ理不尽に暴れたり反抗したり、ということはないです。

 

ないですが。

最近、「容れ物のクオリティってこれほど大事なんだなあ」ということをしみじみ実感する出来事がありました。

今までほとんど大きな病気をしてこなかった長男ですが、2学期に入ったころ、初めて大きく体調を崩しました。

中学生になり生活も変わり、初めての部活やテストなど慣れない中学生生活が始まり、体力がひっ迫していたんだと思います。

昔からアクセルしかない性格の長男は加減というものを知らず、それがプラスであろうとマイナスであろうとなんでも全力でぶち当たっていきます。

あまりにも部活が楽しすぎてのめり込み、さらに生徒会なんかにも手を出し、テスト前に先生が1日4時間勉強しろと言ったら大真面目に真に受けて怒りまくる。

「ママ!ママの時は1日4時間も勉強したの?!」

「したよ~、ただし、本当に勉強したのは30分くらいだけどねw」

というわけで、先生が何を言おうとうちでは勉強の上限時間は1日1時間ですww

長くやってもどうせ身にならんというのは私が自分の人生で人体実験したもんね。

それより若い頃の睡眠時間の確保の方が長い人生どれだけ大切かって話で。

 

加えてこの夏の異常な厳しさで、体力もジリ貧に。

2学期に入ったくらいから、なんかいやにハイテンションだな?と思ってました。

毎日感情の起伏が激しく、やけに動き回っていて、エンジンが空回りしているというか、冗談で、「アンタ注射でも一本打って来れば?」と言ってたくらい。

 

「陰極まれば陽に転じる」「陽極まれば陰に転じる」

これを陰陽転化、と言います。

なんでも物事は極限までいくと、その反対に一気に振れるという、この世の法則です。

体力の限界で体の材料を使い果たしてしまい、陽の気が極限まで高まっていた長男は、ある時一気に陰に転じ、内臓が動かなくなってしまったんですね。

車に例えればラジエーターの水が枯渇してエンジンがオーバーヒートして止まってしまったような状態。

消化器(胃・小腸・大腸)が一気にダウン、15分毎の水下痢と強い腹痛が2週間も続きました。

消化システムという工場が稼働を停止するとどうなるかというと、口からお尻までのホースに水を流せば、どこにも引っかからずそのままジャバジャバ出てきます。

そういう水下痢。

ウイルス的なものも疑って、症状が始まった早いうちに、実に数年ぶりに小児科を受診しましたが、レントゲンも炎症反応も正常で、お医者様も「…夏の疲れの胃腸炎ですかねえ」と。

こんな風に体調を崩された経験がなく、ここまで手だてがないのも初めてだったので、正直死んじゃうんじゃないかとすら思いました。

中医学的には、腎に入っている「命門の火」が陰陽転化で消えてしまい、三焦という消化器全般がシャットダウンしてしまった状態でした。

再点火する手段があって本当に良かった…まだ若いからバックアップ電源も稼働しただろうしね。

自分で動かすにはコウケントーが一番効きました。ビバコウケントー!

 

最初のキッカケは、学校が終わってから家族でショッピングセンターへ行った時、車の中のエアコンで風邪をこじらせたんでしょう。

目的地に着いた時、彼は恐ろしく機嫌が悪くなっていました。

なんと、歩きながらその辺の看板にパンチを食らわせたり、フードコートのイスにわざと突っ込んでいって悪態をついたり。

物に当たるとか!こんなに機嫌が悪い長男は初めて見ました。これがウワサの積み木くずしか!?←古い

これは肝が燃えている!とその場で薬局に走って漢方(抑肝散)を買って飲ませ、肝が落ち着いたら今度はしくしく泣きだしてもう、暴走止まらず~

その夜から上記の体調不良で地獄の日々が始まったわけですが、この時のこの暴走を、本人は一切覚えていないのです!

肝火上炎で一気に燃えあがり、心臓に火か入ったのでしょう、こういう時は記憶が飛ぶので嘘でなく本当に本人は覚えていないのです…難しくてごめんなさい、興味ある方は是非、拙講座「はじめての中医学」をマイルドに宣伝♡

 

いや、そういう小難しいことが言いたいんじゃなくて。

私はこの時、肉体という「容れ物」の状態が、人格にここまで影響するんだ、ということを目の当たりにしたんですね。

中医学では、臓器の状態と感情は密接に関係している、と説きます。

陰陽平和、といって、この臓器の状態が理想的であれば、性格も非常に温和である、とされます。

体に不調のない子は育てやすい、これは西原式育児の大原則ですが、物に当たったり暴れたり、ということを一切したことがなかったこの子が、体調を崩してここまで人格が豹変するという、奇しくもここにきて中医学と西原式の共通点を体感してしまったのです。

 

逆に言えば。

幼児期にイヤイヤで手が付けられなかったり、思春期に暴れたり引きこもったり、というのは、こういう、自分ではどうにもならない制御不能な気持ち悪さがキッカケになっている可能性も大いにある、ということです。

誰でも体調が悪いときは「いつもの私」でいられない。

今回のうちの長男のように、肝火が心臓に入れば、記憶が飛んで、自分のやったことや言動を覚えていない、ということも十分に考えられる。

その辛さをわかってあげられれば、待つ、ということや、不問にする、ということもできますが、感覚というのは非常に主観的なものなのなので、周りの人間には、当人がなぜ暴れているのか、なぜ暴言を吐くのか、全くわからなくて右往左往したり強力に支配したり抑圧しようとする。

どっちの立場にとっても「わかってもらえない」という悲劇が、積み木くずしや学校崩壊という現象として現れても仕方がないように感じます。

この世界は意識が創っているので、意識が変わればもちろん見える世界も変わるのですが、肉体側からのアプローチでもある程度やれることはある。

中学になると先生方の子どもに対する対応も変わるので、子どもたちもその環境の変化に戸惑ったり思った以上に体力を消耗したり、ということはあるでしょう。

思い返せば、幼稚園でも小学校でも、入園入学してしばらくは、入院レベルで盛大に体調崩す子が何人かいました。

成長が追い付いて体力が復活してくれば戻ることもできますが、毎日意味を感じられないことを繰り返すのは大人でも我慢が必要なことですから、そのまましんどさに負けることもあるでしょう。

一概にその子を否定したり根性を振りかざすよりは、「戻って来られる」環境を整え、「聴いてあげる」ことなのかなあ、と思いました。

私たち人間は、「片方の目」でしか見ることができないから、自分の価値観やこだわりだけで他人を断罪しがちだけど。

だって本人だって一生懸命戦っているんだもんね。

 

長男はこの一件をようやく乗り越えましたが、瘀血による体の痛みがまだあちこちに残っているようです。

まあね、あれだけ「陰」を絞り出しちゃったんだから仕方ないかな、あとは自力で頑張ってくれたまえ。

病気をすると一回り成長すると言いますが、禍いも決して無駄ではなく、意味があって起こってくる。

成長したのかな、やっと新しい生活にもこなれてきたように見受けられます。

ただし、中学になると色々と理不尽なことに気が付くようになるので(笑)、無駄に怒りだした時には引きずらないように「抑肝散」が活躍しています。

しゅ~って鎮火するから、思春期にわりとおススメな漢方ですw

 

ちなみに。

騒動が収まって少しして、同じ症状を威力1/3くらいで今度は次男がやりましたww

幼稚園通して無敗だったこの人が1週間も学校を休んで、同級生を大変に驚かせておりました。

(先生へのメールに「鬼の霍乱」って書いたら副校長先生レベルまで知れ渡ってしまった…)

長男でシミュレーションできてたから、動揺もせず無駄なこともせずにひたすらコウケントーだけで乗り切りましたよと。

結論・やっぱりあってよかったコウケントー(笑)

 

↓病気療養中にヒマで作った長男作のオリジナルレゴバイク。ちゃんとラジコンだったり。中学になってもこの人のレゴ熱はまだまだ健在ですわ。

というわけで、皆さまも暑すぎる夏と季節の変わり目にはお気をつけてくださいませ。

ではまた~!

もうひとつの卒業

またまたお久しぶりになってしまいました。皆様にはお元気でお過ごしでしょうか。

私がブログをサボっている間に、子どもたちは、長男が中学生になり、次男が小学3年生になりました。

おふたりともとっくに誕生日という関門もくぐり抜けられ。

この手抜きたっぷりのケーキを見ていってやってください…。

4月生まれの次男バージョン(友達が来るから気合があった)

6月生まれの長男バージョン(手抜き過ぎてもう)

次男は初めて、仲の良いお友達をふたり家に呼んで、パーティをしました。

なかなか個性豊かなお友達で、3人の関係を見てるだけで私の心の中のツッコミ鬼が止まらなかった…

まだ「人にあげる」プレゼントという概念がないのか、自分の宝物の組み立てペーパー飛行機を「作らせてあげるだけ」という斬新なプレゼントアイデアを持参、次男に組み立てさせた後は当然持ち帰ったり、お母さんに持たせてもらった水鉄砲のプレゼントも当然のように持ち帰ろうとしたり(お迎えに来たお母さんにドタマはたかれてたw)、その飛行機をあまりにも欲しすぎる他の友達が、交換条件に自分のお姉ちゃんを差し出そうとしたり…(人身売買か?)そんなやり取りの横でクスリともせず黙々と紙飛行機を作る次男。

なにそれあんたたち、学校でもコレなわけ?担任の先生が笑い死んだりしないの??

こんな日常をまとめる仕事を日々されてるかと思うと、先生という職業がうらやましいようなそうでもないようなw

 

うちのお宝長男様は、複数方面から毎年毎年色んなものをもらえる誕生日を13回も経験してきているので、もはや「欲しいもの」が、ない。

彼が欲しいものはもう犬鳥かスマホくらいなんだが、当然生体は禁止だし(命を贈り物にしちゃうような扱いはしない)、我が家はスマホもまだ与えるつもりはない。iPadで充分だし、仕事場で仕事用のハイスペックなパソコンを使わせてやっているので文句も言わせない。

 

「何が欲しい?」

「うーん、…寄席の切符が欲しい。」

 

という、シブいお答え。

以前、上野の東京美術館の特別展示を見に行こうと出かけたら、コロナの規制だかで予約なしで入れず、悔し紛れに近くの鈴本演芸場で寄席を見たら、すっかり気に入ってしまったのでした。

寄席の公演は普通、午前と午後に分かれていて、1回の公演が4時間という長時間。

小学生に耐えられるかしら?と心配だったんだけど、予想外に楽しめたらしく、しかも小学生が寄席に座っているのはとても珍しいので、ずいぶんいじってもらいました。

↑ワイヤー芸の芸人さんに頂いた、アンパンマンのチーズといったんもめん。いったんもめんが秀逸すぎる。

 

落語は、子どもの日本語の習練到達度を計る、良いツールだな、と思いました。

うちではダンナが落語が好きで時々落語や漫談をかけ流ししたりしているので、独特の言い回しや単語などがわかっているからこそ、寄席も楽しめたんでしょう。

普段「古典」に触れていない同級生なんかは、落語を聴いても全く日本語には聴こえないらしいです。言葉は生き物だから、時代とともにどんどん変化して、使わなければ廃れていくものなんでしょうね。

長男と同い年の幼なじみの男の子に、何も教えていないのに幼稚園の頃「歌舞伎を習わせてください」と親に土下座して、歌舞伎座まで歌舞伎を習いに行っている子もいるので、こういうのに興味が沸くのは持ってる素質もあるんだろなと思います。前世の記憶がちゃんと消えてないとかねー。

 

ちなみにそのあと、ちゃんと「形のある」おもちゃもしっかり要求されました。

大きな公園へ遊びに行ったらコレで遊んでいる子がいて、その場でおねだりされた。

玄関先で嬉々として派手に梱包を開ける兄弟…イージーローダーというのか?ドリフトができてとても楽しいらしいです。
https://item.rakuten.co.jp/gooddoors/drifter-x/?variantId=558 

落語を聴くかと思えばまだまだこういうのが楽しい、お子ちゃまですわ…

 

さてさて。

タイトルの「もうひとつの卒業」とはなんぞやというと。

うちの次男様が、3年生になって「通級」を卒業しました。

1年生の頃からお世話になっている通級、去年の12月ごろに、「来年はどうしますか?」と打診がありました。

本人に「どうする?」と聞いても黙り込み、返答期限になっても明確な返事が得られず。

通級が与えた彼の変化は目に見えて大きく、もう必要ないといえば必要ないかもだけど、1週間のうち勉強から離れられる2時間の息抜きがあることがまだ彼にとっては有益なんじゃないかなと感じ、見切り発車でもう1年延長することにしました。

すると、とっくに次年度も申し込んだ2月ごろに、

「やっぱり来年は通級行かない」

と。

今言うぅぅぅ!?

そうか忘れてた、この人は寡黙なわけでも何も考えてないわけでもない、結論出すのに時間がかかるってだけだったわ!!

その昔幼稚園で、運動会に飾る旗を書くのに紙を前に3日も黙って座ってて、期限切れでしびれを切らした先生がやっと聞きだしたら、

「………、横顔が描きたい」。

そこまで待ってくれる先生方にも感謝なのですが~(私は待てないw)

通級に関して行きたくない理由を聞いたら、行ってる時間分勉強が遅れるのが嫌だ、と。

小学校から大学4年に至るまで一切授業を聞かないで出てきた私から見ると、本当に私の子?!と驚愕の発言w

みんなが漢字や筆算で頭を痛めている間、ゲームしたり工作したりフルーツポンチ作って食べたり、そんな魅力的な権利を自ら手放すなんて全く信じられないんですが、本人がそう言うんだからもはや卒業時なのでしょう。

ただ、手続きが間に合わないので、3年生になって1か月くらいは通っていただき、円満退級してきました。

 

通級には本当に感謝していて、彼が彼の意見をはっきりと言い、感情をしっかり出せるようになったのは通級のおかげでした。

「くやしい」と人前で泣けるようにもなりました。

今や彼はクラスでも人気者らしく(無害だからw)、先日忘れ物を届けに行ったら本人でないクラスの半分くらいの子が一斉に駆け寄ってきて私から届け物を奪い、我先に次男に届けてくれました…その後ろをゆっくりを歩いてくる次男、何その重役出勤みたいな態度(# ゚Д゚)私が用があるのはアンタなんだけど?

 

 

退級して不都合なことがあるとすれば、今までは通級に参加するたびに担当の先生と担任の先生で交わしていたお便りのコメントが彼の現在を把握するのにとても役立っていたんですが、退級したらそれが一切なくなってしまったので、それでなくても家で学校のことを話さない息子の現在地を失念しがちでそこがビビりますw

相変わらず今しか生きていないので、学校で起こった色々なことを家に持って帰ってこないんですね。

ちょっと人とコミュニケーションを取ったり距離感をつかんだりするのがが下手な転校生女子にしつこく付きまとわれているらしいんですが、それも同じクラスのママ友に報告されて知りましたもん。

「ゆーりくんね、心底うんっっっざりした顔してたよ(笑)」

本人に、そうなの?って聞けば答えるけど、別に家に帰ってまで自ら話すような案件でもないらしく。

この辺、長男は何かあるとうっとーしいくらい家で愚痴るので、同じように育てたつもりでもこんなに個性って違うんだなあ、としみじみします。

 

幼稚園の先生の、「2年くらい通級の下駄を履かせてあげると、この子はそのあとスムーズだよ」という予言がドンピシャでした。さすが海千山千。

通級も、園児みんなに勧めるわけでもなく、行かない方がよい子もいるらしいので(授業を抜けるのがストレスになるとかね)、その辺プロのアドバイスってすごいなあと思います。

うちの次男様の場合は、

「大人すぎた」。

生まれたころからお兄ちゃんしか見てこなかった次男にとって、同い年の集団はとても幼く感じ、どうふるまっていいのかわからなかったんですね。

「人ってね、実際の年齢じゃなくて、精神年齢が同じくらいの子とお友達になることが多いのよ、そうでないと話が合わないでしょ、ゆーりは身に覚えがあるんじゃない?」

と言ったら、深―くうなずいていました。

学校は実年齢だけで横切りするので、それで浮いてしまったりお話しできなかったり、という子はたくさんいると思います。

でも自分を表現する手段が拙いから、周囲にわかってもらえず、学校が楽しくなくなってしまう。

そういう多様性を鋭く見抜き、コミュニケーションを取れるよう訓練してくれる、決して「勉強が追い付かない子が普通級の子に迷惑がかからないようにおとなしくさせる」ことではない、という信念をしっかり持った先生方にお世話になって、本当にありがたかったです。

 

私も、「待つ」ということはどういうことか、を学ばせていただきました。

先日、道徳授業の公開講座がありました。

子どもたちが受けている道徳の授業を参観し、それについて保護者や先生方が意見交換をするという場です。

道徳の、「あなたはどう感じますか、この主人公はどう感じていると思いますか」という問いについて答えるのは、国語や算数という、答えがはっきりしているものとは切り口が違い、とても深く考える必要があって、子どもたちはすらすらと答えることができません。

見ている保護者にとってその姿はとてもじれったく、

「インプットがあってアウトプットがあるのではないか」(つまり子どもに答えを教えていないから答えられないのでは)という意見がいくつも出されました。

でもね、道徳の答えなんて、子どもたちも今までの人生の経験で充分培ってきていて、すでに彼らの中に持っているものだと思います。

それを言語化する難しさ、答えのない「答え」という葛藤、そこが道徳の授業の狙いであり、教えられたことをただ答えてできるできないを競う他の授業とは一線を画すものなんだと思います。

そうやって考えて子どもたちが自分の言葉で発するというのがかけがえのない人生の経験であり、親はそれをじっと「待つ」、という忍耐が要求される、私は次男を通じてそこを教えてもらったように思います。

答えを言ってしまうのは簡単ですもんね。

大勢の子どもたちをできるだけ同じように育て上げなければならないという環境の中で、「待つ」ということがどれだけできるかというと、先生方のご苦労がしのばれますが、少人数という環境と通級を通して最大限「待ってもらってる」次男がとても幸せに感じました。

あとは私の忍耐が育ってくれることを願うのみ…例に漏れず「早く早く」は口癖だし、運動会の旗に横顔描きたいって3日も黙り込まれたら、私ゃ待てる自信はないわいな…

 

というわけで、また次回~

みなさん、こんな亀速な私を待ってくれてありがとう(´;ω;`)

 

 

 

 

卒業しました!

またまたお久しぶりになってしまいました、皆さまお元気でお過ごしでしょうか。

 

なんとなんと、うちの長男様が先日、小学校を無事に卒業いたしました!

 

このブログを始めるきっかけになった主人公で、あれから丸11年。

当時あまりにマイナーだった西原式育児を赤裸々に書くことで、これから実践しようという方に少しでも情報提供してお役に立てれば、と遅筆ながらも書き続けて11年、ひとつの区切りまで来たように思います。

 

入学時と同じ桜の木の下で。

小1の入学式の頃

「この学年は桜に始まって桜で終わったね」と副校長先生に言われました。

こうやって並べても、6年前とあんまり変わらないように見えるんだよな(笑)

 

「小ぶりでピカピカの子に育つ」と西原先生が言われるまま、確かに小ぶりで、健康上もトラブルの少ない男子に成長しております。

 

・12歳にして身長は140センチ弱です。これから大きくなることでしょう(笑)

・めだった疾患はありません。

・虫歯は相変わらずゼロです。ちなみにほとんど歯を磨いていませんw

 (次男に至っては生まれてから多分5回くらいしか磨いていないけど、虫歯ゼロ)

 ちょっと前ほとんど初めて歯医者へ行ったのですが、歯医者のイスに座ってうがい用の水をウエルカムドリンクと思って飲んでましたww知らんにもほどがある~

・運動神経はとても良いですが、同級生に比べて背が低いので、コンパスが短く短距離走走り幅跳びが不利です。

・絵や工作、音楽がとても好きです。合唱の伴奏などもとても気持ちを入れて弾くことができます。

・耳は良いと思います。ベビーの頃からオルゴールを聴かせていたのは効果があったと思います。

・お野菜嫌いは相変わらずです…そろそろ克服してほしいところですが、からかい過ぎたせいかますます意地でも野菜食べない、になってしまっている…とくにブロッコリー…給食の野菜は食べてくるんだけどなあ~

ipadで普通にお友達とマイクラにハマってます。なんであんなに好きなのか理解できん。

 

なにより一番、これは西原っ子の役得だなと思うのは、体に不快なことの少ない幼少期を送っているので、基本的に「邪」が少なく、このくらいの年齢になってもベースが無邪気であることです。

だから、老若男女にとても好かれます。

次男も同じで、攻撃性がなく「無害」な人種のフォルダに入るのか、常に周りに人が集まってくる状態です。

人は実は、自分自身を目の前の人に投影して視ているのだそうです。

ということは、自分に対して否定的な思い込みが多ければ多いほど、目の前の人に攻撃性を感じ攻撃的になり、人間関係の構築が難しくなっていきます。

コミュニケーションが取れない人の実態は、自分とのコミュニケーションが取れないことによるものだそうです。

体と心が一体であることを思えば、身体の不快が少ないことはイコール自身への否定が少なくなることに繋がり、否定的でない環境で幼い頃を過ごすことは、子どもの人間性を育てることにおいては非常に有利に働くのでは、ということを実感しております。

 

からだについては、自分のコントロールできる範囲で成長している、と感じます。

大きい事、背の高い事が良い事、のように見られる昨今ですが、体が大きくても精神が幼かったり、転んで簡単に骨折したり、というのでは、成長のバランスが整っているとは言えないかもしれません。

昔の日本人はそんなに背が大きくなかったと思うから、しっかり身が詰まっていればこれはこれでいいのかな、と思います。

あのね、成長グラフの角度がずっと変わらないんですよ。急に大きくなるとか横ばい期間になるとかないの、ずっと同じだけ地味~で緩やかな右肩上がり。

 

この人もこれから第二次性徴期という思春期がやってくることでしょう。

幼少期を邪の少ない環境で過ごせたこの人が、どのような思春期を過ごすのか、また引き続き定点観測してご報告したいと思います。

くそばばあ、のくの字でも言ったら首が後ろに回るくらいぶん殴る自信ありだぜ。

 

中学では吹奏楽部に入りたいそうです。

トランペット?ヤマトでも吹くつもりか?

中学生って青春だもんね。せいぜい謳歌してくれたまえ。

長男が数か月前に指先で描いたアニメーションを置いていきまーす。

テーマが「インコと戦闘機」(笑)

音はそのうち付けるそうですので、良ければ観てってやってください♡

youtu.be

 

それではまた~!!

 

 

自走式になった日

だいぶお久しぶりになってしまいました。

みなさまお元気でお過ごしでしょうか?

アップがうっかり年末マジぎりぎりになってしまいました…。

色々書いてはいたんだけど、書いては消し書いては消し、という癖が出てしまい~。

 

唐突ではございますが。

我が家の小2、小6の坊主どもは、公立の小中一貫校に通っております。

狙ってそうなったわけではなくて。

かつてこの辺りは、巨大な団地が建ち、たくさんの人たちが住んで、小学校は3つもあり、東京のベットタウンとしてそれはそれは活況を呈した地帯でした。

しかしベッドタウンの宿命として、一斉にこの地域にやってきた人たちは一斉に子どもを産み、その子どもたちは一斉に巣立って、急激に増えた人口は急激に減って今はすっかり過疎化、子どもの声はほとんど聞こえなくなってしまいました、一応東京都なのに(笑)

生き残りを図るべく地域の方々が一丸になって、3つあった小学校は実質ひとつになり中学校と一貫にして、子どもたちの学校は地域連携校として再出発したのでした。

 

小中一貫校だから、普通の小学校と何が違うかというと、そんなに違いはわかりません。

時々合同でやる行事があったり、中学部が小学部低学年に読み聞かせをしてくれたり、あと給食室が小学部にしかないので、お昼になると週の半分は別校舎にいる中学生がぞろぞろ小学部の校舎にやってきて給食を食べています。中学生は元々あった中学校校舎と小学部校舎にふたつ教室を持っていて、ゼイタクにスペースを使っております(笑)もう意図しなくても最初からナチュラルソーシャルディスタンスだもんねww

 

小中一貫校なので、我が校の校長先生は当然、小学校の校長先生でもあり、中学校の校長先生でもあります。

今年度から新しい校長先生が赴任され、慣れ親しんだ前校長先生は栄転されてしまって少なからず保護者には動揺があったのですが、PTAで新しい校長先生と座談会を開催するという初の取り組みを試み、新しい校長先生の考えや思い、これからどのような方向へ特化していくのか、など腹を割ってお話し合うことができ、大変有意義でした。

実はこの手法は私が次男幼稚園時代に入手してきたものを小学校で実現させたものですが、学校と保護者の距離を縮めることにとても有効でした。

やはり子育ては学校と保護者の両輪がうまく回らなくてはお互いに不満や疑心暗鬼しか生まない、ボクシングでも相手との距離を縮めると戦いにならないそうですが、お互いの意思の疎通に苦労されている全国の悩める保護者やPTAの方々には是非お勧めしたいです。

ちなみに月イチで「親が勝手に保健室登校の会」というものも企画開催しています。

養護の先生と保護者がぶっちゃけた性の話をしまくっていて、一見エロおばちゃんの昼呑みの会みたいな盛り上がりなんですが(笑)、だんだん子どもが成長してくるとそれに伴って悩みの質も変わってきているのに、内容が内容なだけに相談するところも手段もないというのを、毎回みんなで話して笑い飛ばして、すっきりして帰ってくる、という趣旨の会です。

あまりに盛り上がるので、とうとう養護の先生が他の学校の養護の先生におススメしているらしいです(笑)

 

というわけで、公立にしては楽しい学校ライフを送っている我が家です。

ただこの学校は隣の学区ですこし遠く、うちの子どもたちは30分ほど歩いて通っているので、放課後の友達との過ごし方が課題。

なぜなら学校から帰ってきても近所に学校の友達が住んでいないからです。

たまたまうちは学区内に仕事場があるので、長男なんかは朝は家から学校へ行っても帰りは仕事場へ帰り、友達と遊ぶことができています。

仕事場が男子小学生のたまり場と化しておる…広くない玄関が男子の靴で埋め尽くされ、臭い(゚д゚)

 

問題は次男。

今のところクラスの半分ほどの人数が利用している学童へ行くことにより、放課後友達と遊ぶ、という環境を何とか確保できているものの、コイツもいずれ学童を退所するときがくる、その時どうするか?と1年生の頃から漠然と対策を考えていました。

次男同級生にはうち以外にも学区外の子どもが多く、長男と同じようにうちの仕事場で遊んで、というわけにいかないので、ハードルは長男より高いのが現状。

加えて、積極的な長男とは対照的な静かな次男、「友達がいない」と甚だ誤解を招く発言をするようなマイペースな男なので(過去記事参照w)、なかなか近未来の姿がつかみにくいのです。

 

先日、学童にお迎えに行った帰り、次男が車に乗り込むなり、

「今度の土曜日、Kちゃんの家に遊びに行っていい?」

(……はやる気持ちを抑えて)

「いいけど、約束したの?Kちゃんは良いって言ってるの?」

「うん、遊びに来てって。」

「じゃあKちゃんのお母さんに連絡とってみるね。」

 

あのね、そんなことアタリマエのご家庭にはわかってもらえないかもだけど、私的には、

赤 飯 を 炊 き た く な る ぐ ら い 

嬉しい案件でした!

初めて!自分で!友達の家に遊びに行く約束を取り付けてきた!!

やっと自走したーーーー!!

(この辺の話は次男幼稚園ママ友が一番よく共感してくれる、なんならママ友の方が涙にじませてくれたりする、そういう幼稚園~)

 

どうしても長男優先で、長男はいつもたくさんの友達と遊ぶ環境に連れていってやれてたんだけど、次男は抱っこひもに入れて連れていく扱いだったので、次男に対して同じ環境を提供することが難しいことに罪悪感を感じていたのでした。

幼稚園も小学校も遠いので、次男の友達を家に呼んで、ということはほとんどなかったんですね。ママ友とは濃密だったんだけど。

ある程度育つと、子どもによっては小学校にあがるくらいから、友達が命になる。

親は衣食住以外なんもできないんだな、と感じることが多くなる。

親がなんか言うよりは、友達や、親以外の大人の言うことの方が救いになったりする。

だから友達と学校以外でもつるめる環境がとても大事で、長男幼稚園の園長先生もそこを強く仰ってた。

友達と遊ぶなんてあたりまえにやってた昭和には理解できないんですが、今は子どもたちが遊ぶ環境も親が提供しないと難しい時代です。

それが良い悪いではなくて、勝手に遊んでも社会的にもスペース的にも大丈夫だった昭和とは色んな意味で状況も違うし、一概には語れない。

そんな中で長男界隈は、ママ友たちと協力して自走させてきたのです。

 

次男はKちゃんの家で2時間ほど遊ぶデビューを無事果たしました。

あまりにうれしかったので、

「今度うちでお兄ちゃん6年生たちが集まってクリスマスパーティをやるんですが、ご一緒にどうですか?」

とうっかり誘ってしまい、さらに他の仲良いお友達も誘って、総勢10人くらいのでっかいパーティになってしまいましたw

 

張り切って2台もケーキ焼いちゃったよ。


6年生組と2年生組に分かれてね、そりゃあもう家の中しっちゃかめっちゃかだけど、なんかすごい楽しくて、こういうのもお母ちゃんの醍醐味だよね、とヘルプに来てくれたママ友としっとりお茶を飲みながら暴れている子どもたちを眺めていたパーティでした。

 

 

通級のおかげか、ずいぶんしっかり自分の意見を言えるようになってきた次男。

感情を乗せず淡々と言うので、その場で終わり引きずりません。

うまいなあ…と、たいへんにコミュニケーションが下手だった自分の幼少時代と比べてしまいます。

まあ私の時代はそんなこと学ぶ方法もないし重要度も低かったもんね。

私もなんらかの特性があったはずなんだけど、フォーカスされず自力でジタバタしているうちに埋もれて感じなくなってしまったんだろうな。

特性なんてみんなあるよね。

自分らしく生きることにハードルの低い今の子どもたちの将来が、とても楽しみです。

 

↑自走長男。

6年生5人で初めて電車に乗ってしながわ水族館へ。

「あのさあ、中央線って、各駅停車なの?ずっと全部の駅に停まったんだけどさ。」

「(あ、それ言うの忘れた…)、中央線ってね、『快速』ってやつに乗るとね、なぜか各駅停車なのよ、『中央特快』ってやつに乗らないと急行にならんの。」

「……、クソがーーーー!!」

あの距離を各停で帰って来たのかそれはごくろうさまだw

という東京都下あるある地元ネタでした。

 

それでは皆様、良いお年を♡

来年はアップ忘れないように書きますんで、もしよかったらまた来てください(笑)